2014年09月24日

讃美歌集と大学クワイアと・・

今年「福音協会讃美歌」のCD Vol.2に制作に入っているのですが、同讃美歌集収録曲の内の「聖公会聖歌集」から使用許諾を頂いた讃美歌曲4曲のレコーディングを立教大学クワイア(立教大学諸聖徒聖歌隊)にして頂きました。レコーディングは2014年8月8日(金)立教大学池袋キャンパスのチャペルにて行われました。その時の様子はスコット・ショウ先生のブログ Scott Shaw's Blog のページ下部 "3.Recording Project" にあります。

立教大学は英国聖公会をバックグラウンドとするキリスト教主義大学です。私自身がドイツで教育・訓練を受け、ドイツの讃美歌を中心とするものを専門としているのはこのブログをお読みの皆さんはご存知のことと思います。例えば福音讃美歌協会での讃美歌委員としての私の役割は、主に「ドイツ係」「教会音楽係」と言えるかと思います。讃美歌に関わる働きは、神学、言語学、文学、音楽そしてさらにそれらのより細部に専門性が交差、協力しあって成し得ることですので、一人一人がオールマイティーである必要はないし、どちらかと言えば自分の守備範囲を広げることよりは、それぞれが深める専門性が交差し協力することが求められるのだと言えます。

何か前置きが長くなりました。私は私の専門のドイツとはまた異なる、聖公会(アングリカンチャーチ)の教会音楽、そしてイングランドの讃美歌の歴史と取り組みに心からの敬意と感謝を抱いている者です。私自身は負いきれないこれらの分野との接点という意味でも、私は立教大学との関わりに感謝しています。週に1度立教大学で教鞭を取りながら、私自身色々な刺激を頂きます。学会やキリスト教学校教育同盟の関わりでも立教大学と繋がりがあります。そのような意味で、自分が兼任講師として関わっている大学のクワイアに讃美歌集のレコーディングに協力頂いた、ということは率直に感謝なことだったのです。

しかし実はこのことは「率直な感謝」という言葉だけでは表現しきれない感動でもありました。少しパーソナルな言い方になってしまうのをお許し頂けるならば、今回、立教大学クワイアに「教会福音讃美歌」の讃美歌曲のレコーディング頂いたことは、私自身の中では、大きく、深く、そして静かな感動でした。日々の日常でそれを意識して動いたとか、目指していたとかということではないのですが、ふと気が付いたら、教会の働きとして自分が10年来深く関る讃美歌の働きと、実際的具体的な活動の接点が普段から多くあったとは必ずしも言えないキリスト教主義学校の活動が、具体的な共助の形で重なった瞬間だったからです。

クワイアの皆さん、Shaw先生、レコーデングスタッフの皆さんがレコーディングに取り組まれている時間、私はそのようなことを思い巡らしていました。

レコーディングは8月8日の金曜日でしたので、私は早めに立教大学を後にし、桜美林大学に戻りました。その日は夏休み前のオベリンナー・カントライ最終練習日。桜美林大学の合唱練習に向かう車中、大きな力と励ましを背中に感じていました。それぞれ大学の取り組みが、学生のため、地域のため、そして教会音楽の振興のため響いていきますように。そのために私も、私達も、与えられている歌声を響かせ、通わせていきたいと思わされます。

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 13:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感

2014年04月22日

カントール、カンタータ、カントライ

カントールハウスのトップページに書いていますが、「カントール」は「歌わせる者」の意。無理矢理翻訳のようなぎこちなさが残りますが、的確な訳と自分でも思っています。今日「カントール」は「教会音楽家」とほぼ同義に理解されますが、元々は本来の意味通り「歌わせる者」すなわち「先唱者」「合唱長」のことであり「オルガニスト」とは別の役割・職務でした。

バッハの時代の礼拝の記録に「ムジーク(音楽)」とか「シュトゥック(曲)」などと表記されていたのは、後に「カンタータ」と呼ばれるようになった楽曲。今度は「歌われる曲」ということになります。

「カントール」も「カンタータ」も語源はイタリア語の「カント(歌う)」「カンターレ(歌うこと)」。「カンタービレ(歌うように)」が一番馴染み深い音楽用語でしょうか。

もう一つの擬似語「カントライ」について。これは「合唱」のことになり、辞典をひくと「教会合唱団」とか「聖歌隊」と出てくるのですが、「教会合唱団」はドイツ語では文字通り「キルヒェンコーア(Kirchen=教会の、Chor=合唱団)」という語です。私がドイツ時代に非常勤カントールとして指導した教会合唱団(聖歌隊)も「キルヒェンコーア」でした。実際ドイツにいた当時、教会合唱団で「キルヒェンコーア」ではなく「カントライ」をと名乗っている合唱団は多くはなかったと記憶します。合唱団の規模で使い分けているという訳でもないようで、私の大学の同僚で教会音楽大学在学中に、私と同じように非常勤カントールを別の町で勤めていたドイツ人の友人は、自分の教会合唱団を「カントライ」と命名していました。大学の同僚の間では、ちょっと「え、そうなの?」と言う空気で話題になったこともありましたっけ。

どこがどう「え、そうなの?」なのかと言うと、それはその街全体の中での複数の合唱団間の関係性に関わることだからなのです。どういうことかと言うと、私は南西ドイツの経済都市であるシュツッツガルト市東隣の エスリンゲン市と言うところに住んでいたのですが、市中のプロテスタント25教会の全てに付属合唱団がありましたが、「カントライ」という名を冠していたのは、市中心のセントラルチャーチである聖ディオニス市教会の合唱団だけだったのです。

私は市の南側丘の上のツォルベルク教会でカントールを勤め、その教会の「教会合唱団」を指導していましたが、私の合唱団のメンバーの何人かは聖ディオニス市教会の「カントライ」のメンバーでもありました。「カントライ」にはそのように市中の小さな合唱団のメンバーが、並行してメンバーとして加わり、より大きなプロジェクトや音楽礼拝またオラトリオコンサートなどをしていました。普段はそれぞれの合唱団で小曲を中心に取り組み、大きなオラトリオなどは「カントライ」で取り組み演奏する。市内各地からの合唱団員が縦横に関わり合い、演奏活動・取り組みは町全体で共有し、カントライ団員を通して市中個々の合唱団活動にも還元していくと、いうようなネットワーク的な関係性があったのです。

そのような意味合いから、「カントライ」の命名は個々の合唱団ではなくセントラルチャーチの合唱団に使われることが多かったのだと思います。私はこういう結集・還元の関係性は、音楽活動を共有しそれを育て関わっていくのに良い関係だなぁ、とずっと思っていました。

2009年に始まった桜美林大学のオラトリオプロジェクトが、6年目の今年、学外の大ホールでのコンサートに向けて始動することとなり、合唱団としてのアイデンティティーと更なる一体性を確認できるよう合唱団名称について慎重に検討してきました。いくつか紆余曲折(桜美林の“桜”を漢字で入れてみたり・・・)の末オベリンナー・カントライと命名されることとなりました。「桜美林人による宗教曲合唱団」の意味になりますが、単に桜美林大学に結集する合唱団と言うだけではなく、その取り組むを教育に還元し地域の文化振興に貢献していくというビジョンが込められています。

最後に「カントライ」の語源的意味について。歴史的には「カントライ」という概念は、合唱、聖歌隊だけでなく器楽アンサンブルも含んでいたようです。バッハの時代からその後の時代まで「合唱」と言うのはせいぜいパート2,3名の「重唱団」でしたから、規模云々を言い表している訳ではやはりありませんでした。語源的には「カントライ」を他の合唱を表す概念と区別しているのは、「カント−ルが主宰する音楽共同体」という意味合いです。その意味で宗教曲を扱うということも結果的表されています。

とにもかくにもカントール、カンタータ、カントライ、どれも「歌」から発することなのです。

良き「歌」を歌い、捧げていきたいと願わされます。

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感

2013年03月04日

ドイツよりお久しぶり

ブログとても間が空いてしました。かれこれ「11月のバッハ」以来となってしまい申し訳ありません。秋学期も終わりバタバタとしておりましたが、先週一週間実はドイツにいました。昨日で予定を全て終了し、今日本へのフライトを前にパソコンに向かっているところです。

大学に許可を頂き、多方面(特に家族!)の理解を得、日常から1週間程離れドイツに来ました。訪ねたのはマインツ大学ドレスデン聖十字架教会合唱団です。直接的には16〜17世紀の古い合唱譜等とその営みを知るための文献調査が目的でした。マインツではマインツ大学賛美歌学研究所 というところに数日籠っていました(研究所と訳すことを先方に了解頂いていますが、正式には「学際的讃美歌集研究グループ」+「讃美歌集アルヒーフ」の合体版)。数日なんて一瞬の出来事。もっと籠っていたい・・と思いつつ後にしました。ここの研究所、ドイツ語圏の賛美歌学研究では随一として知られるところです。ドイツ語圏の古い讃美歌集の収集と保管もしています。私の、楽譜の探し物の目的は一応達せられましたが、それを探す過程で、興味深い色々な資料にも出会いました。

「ヴォルフガング・ムスクルスの日記(1536年)」。ムスクルスはルター時代のアウグスブルクの牧師、その日記にルターの礼拝を訪ねた時の様子が書き記されていますが、礼拝式順に従い事細かに、何をどう行っていたかを記述しているのです。「またオルガンが演奏され、すると合唱が単声で Victime pascali laudes を歌った。それに続いて会衆がChrist ist erstandenを歌った。するとすぐに牧師が会衆の方へ向き直り、福音書ヨハネ16:5-15をドイツ語で朗読した。・・・」。私は目を鱗のようにして読みました。この時代としては稀で貴重な資料です。ルターが礼拝がどのように改革したかは、礼拝式順である程度わかりますが、実際にその礼拝をどのように生きていたか、という実際的なことを知る資料は非常に少ない。当時の人々にとっての礼拝とは何だったのか?初めて自国語で歌う会衆歌唱はどのように営まれていたのか?・・疑問と興味が更に噴き出てきました。まず帰りの飛行機の中でもう少し読み進めます。。。

もう一つの発見は「ハンブルクメロディー讃美歌集(1604年)」。この実物を手に取った時は感動的でした。実は私の授業のレジュメにもこの讃美歌集のこと載せています。歴史的にこの讃美歌集の意義を自分も知っている、すわわち「会衆歌唱をオルガン伴奏で行った」ことの証拠が歴史上初めて確認されるのが、この讃美歌集の序文なのです。

マインツを出た後は週末ドレスデンに行きました。訪ねたのはドレスデン聖十字架教会合唱団カントールのローデリヒ・クライレ氏。この合唱団は2年に一度日本に演奏旅行に来ますね。つい昨年末も来て、桜美林大学音楽専修で推薦し学生が何人か演奏会に行きました。この合唱団、ライプツィヒトーマス教会合唱団と並び、ドイツで最も古い少年聖歌隊として知られています(1300年頃から活動)。ハインリヒ・シュッツゆかりの教会でもあります。で、実はこの合唱団の練習施設を訪ねた日は、合唱団に入団しようとする3年生が初めて訪ねるオープンデーの日でした。副指揮者の方がレッスンをするのを少し見させて頂いた後、クライレ氏と二人で色々話し込みました。私が16-17世紀の楽譜等調査の関連で何故ドレスデンかと言うと、シュッツ時代の礼拝の実態、そしてその伝統の線上にあるこの教会での課題等に興味があったからです。「17世紀当時の会衆歌唱の営みと合唱の関係。その実態は? シュッツ時代の礼拝の実際等の資料は?」などと言う私の直球にクライレ氏もうなっていました(笑)。「確かに資料が少ないですよね」と頷きながら、私のテ−マに興味を持って下さり色々とアドバイスを頂きました。日曜日にはそのザクセンの礼拝式で、生き生きとした会衆と合唱の歌唱に背中を押され感謝しました。

そんなこんなでドレスデンを後にしましたが、この合唱団の歴史を調べることで出てくることがあるかも。。と気付いた次第。リサーチはまだまだこれからです。

ブログでお分かちしてきたように、2005年から昨年までは、讃美歌集編纂に時間とエネルギーが必要な7年間でした。現在を生きる教会と会衆の課題として、礼拝の在り様を問い続けながら讃美歌を問う。讃美歌集発行のその瞬間から見直しの作業が始まっている訳で、その作業が一段落したという訳ではありません。しかし讃美歌集発行は、やはりどこかで一段落のタイミングであったことも事実。自分自身少し立ち止まり、これからもっと現実的な課題に向き合っていかなければならない。だからこそ基礎研究の積み上げの必要性を覚えると共に、まだまだ解明されていない多くのことがある中で自分に問われている課題は何だろう、と考えていたのです。

11月以来の「教会音楽な日々」個々のテ−マは、、としては、教会福音讃美歌奉献礼拝、メサイア、ゼミ生の発表テーマ、札幌再び(!?)などなど。。また書きます。特に「奉献礼拝」に関しては、裏方の音楽的コーディネートの話をどこかでお分かちすべき、と思っています。

という訳で、まもなくあと3時間程で出発し帰り日常に戻ります。

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年11月08日

「主よ人の望みの喜びよ」

あまりにも有名になった讃美歌のタイトル「主の人の望みの喜びよ」。元のコラールはMartin Jan(1620-1682)による19 節からなる讃美歌"Jesu, meiner Seelen Wonne"から取られています。少々日本語訳がぎこちないのは、翻訳された時代や文脈もさることながら、原語のドイツ語からではなくこの讃美歌の英語訳"Jesu, The Joy of Man's Desire"に基づいているからです。日本の讃美歌集では、讃美歌第二編228番に『こころに主イエスを』として、また間奏等を除いた歌の部分だけでは、教会福音讃美歌29番『主こそわが望み』として収録されています。

さてこのコラール、8分の9拍子の3連音メロディーで始まる"あの音楽"で皆さんご存知でしょう。J.S.バッハのカンタータ147番「心と口と行いと生活をもて」に挿入されている"3連音テーマ"のその曲が、私達が普段「主よ人の望みの喜びよ」として知るものです。3連音テーマに続いてゆっくりとした音価で挿入されるのが讃美歌部分です。合唱に始まり10曲で構成されるこのカンタータには、2度このコラールが挿入されますが、そこではJanオリジナルの19節にも及ぶ讃美歌の第6節と第17節が挿入されています。

バッハのカンタータが奏され響いた"位置"は礼拝です。バッハ時代のライプチヒ市ルター派教会の礼拝では通常、礼拝前半の聖書朗読(福音書)の後、カンタータが奏され、説教へと続きました。長めの2部制カンタータは、それぞれ説教の前後に奏されました。"奏された"と敢えて"音楽的"に書きましたが、その内容を見ると、教会暦による各日曜礼拝の主題を解き明かし説教へと向かわせる役割を担っていたことがわかります。

カンタータ147番「心と口と行いと生活をもて」はライプチヒにおいて1723年7月2日、教会暦「マリヤ訪問の祝日」の日曜礼拝で初めて演奏されました。天使ガブリエルにより聖霊によって身籠ったことを知り、神を賛美したマリアが、既に年を重ねた後に洗礼者ヨハネを身籠ったエリサベトを訪問することを記念する日です。内容はマニフィカート(マリアの賛歌)が軸になっています。「神への賛美を歌うマリアを祝福し、主がマリアになされたことを語る。しかしそれを認めようとしない頑なな人間の心への忠告(2.レチタティーヴォ)」がその後の楽曲による語りかけの起点になっています。順序が逆になりましたが、冒頭の合唱「心と口と行いと生活をもて、キリストのため証言せよ。怖れず、偽らず、キリストこそ神であり救い主であることを(1.合唱)」は、まさに当時の礼拝の会衆を、聖書(福音書)朗読から説教を聞くことに向わせる明確な問いかけとして響いたことでしょう。

歌うことと聞くことは、ある意味連続していることです。続けて「救い主を告白することを恥じるな(3.アリア/アルト)」と魂に深く語りかけ、さらに激しく「しかし、その御腕はたとえ地が揺れようとも、むしろ悩める者を救って下さる(4.レチタティーヴォ/バス)」と語ります。それに押し出されるように「イエスよ、今もなお道を備えて下さい(9.アリア/ソプラノ)」との祈りがおこされる。。それぞれの歌の歌詞は問いかけであったり祈りであったり、全会衆を包む詞であり、時には真っ直ぐ個人の想いを歌うものであったり劇的です。教会カンタータが楽曲としては劇を伴わないオペラの焼き直しであることを感じれるでしょう。当時の人々の耳には、音楽を通しての壮大なドラマ、いや説教として響いたであろうことが想像できます。

しかしそれは聴くドラマに留まらないのです。そのソプラノの祈りに続いてこの讃美歌「イエスがいる私は幸い。イエスを離すまい。この心が張り裂けようとも(6.コラール/合唱)」が歌われます。会衆達の心に迫った問いかけに続き、讃美歌が響く。讃美歌とは、普段は聖歌隊に歌って貰う歌ではなく会衆が自ら歌う歌です。「イエスがいる私は幸い」と聖歌隊の歌が響く時、そこに会衆は自らが神に歌った歌を想起したことでしょう。普段一生懸命長い節を歌っていたのとはまた別のこととして。バッハは、カンタータ冒頭からの問いかけに応答すべき歌として、この19節からなる壮大な讃美歌の第6節を選びました。すなわちそれまでの問いかけに「応える歌」としての会衆の告白が歌われるのです。

教会カンタータを聴くことは、そのドラマに身を置くことです。私達は当時の会衆ではありませんが、この一連の音楽における語りのドラマに身を委ねる時、演奏者と聴く者が心を一つにすることができると信じます。またそのような音楽そのものが、演奏者と聴く者の想いを、自分自身にではなく神に向けさせてくれると思うのです。

明後日11/10(土)、このカンタータとマニフィカートを桜美林大学オラトリオプロジェクト2012コンサートにおいて演奏致します。お越し頂ける皆さまには、是非このドラマに身を委ねて頂ければと思います。

私自身このカンタータが問いかけることを、演奏者でありつつしかし会衆(聴衆)の一人として自らの心に響かせたいと思います。そしてこのコラールを演奏する時、それを自らの告白として歌いたいと思うのです。

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年10月24日

「教会福音讃美歌」を歌う夕べ in 札幌

先週10/17(水)から19(金)まで『教会福音讃美歌』出版記念セミナー『教会福音讃美歌』を歌う夕べに、下川羊和牧師と共に講師としてお招き頂き、札幌におりました。

北海道聖書学院主催『教会福音讃美歌』出版記念セミナーには、聖書学院生、地域の教会教職の先生方、音楽奉仕をされている信徒の方など40名強の方々が集われました。計9回のセッションでは、福音讃美歌協会の成り立ち、『教会福音讃美歌』の神学・構成等を紹介しつつ、新しい歌や改訳した歌等多くの讃美歌を歌いました。讃美歌における著作権の問題、讃美歌の歌う方法、用い方の再考なども扱いました。『教会福音讃美歌』発行直後のこの時期、この讃美歌集について共に理解を深める良い機会となり感謝な時でした。

『教会福音讃美歌』を歌う夕べは、札幌希望の丘教会を会場に行われました。会には札幌近隣の福音讃美歌協会正会員教派(イムマヌエル総合伝道団、日本同盟基督教団、日本福音キリスト教会連合)教会を中心に260名程の方々が集いました。讃美歌はそれら3教派の有志教会が各教会毎に歌ったり、3教派合同の教職者、聖書学院生、宣教師、子供など、様々なグループが会衆を先導して下さいました。楽器もピアノ、リードオルガン、パイプオルガン、バンド(ギター、ベース、ドラム、キーボード)、トランペット、フルート、ヴァイオリン、チェロ・・と多様。それらがそれぞれであったり重なりあったりでした。

「主よ人の望みの喜びよ」で知られるバッハ編曲の3拍子の讃美歌29番「主こそわが望み」を会場教会である札幌希望の丘教会聖歌隊が歌い会は始まりました。会の様子は下川羊和先生がYoutubeにいくつかアップロードして下さっていますのでそのうちのいくつかを見て頂けます。

  220番「主のみわざとみ恵みとを」合同教職者婦人会、会衆。
  49番「すべての人の主」子供、会衆。
  359番「私の望みは主イエスだけにある」独唱。
  11番「つきぬ喜びを注がれる主よ」会衆。
  486番「月日を治める主イエス」教職者、会衆。

など。少し様子を感じて頂けると思います。『教会福音讃美歌』を歌う夕べプログラムはこちらでご覧ください。教会の規模様々、賜物様々、音楽様々。しかし同時にそれらが重なり合う時があり、教会が神の前に一つの声で歌う。そのことを、理念やスローガンを越え実際に共に経験できた時間でした。

私自身は札幌との接点は2004年からですので早9年。S教会よりお招きを頂き教会音楽講習のため毎年来札しています。今思うとそのきっかけはやはり讃美歌のことだったのですね。当時私の所属教派JECA(日本福音キリスト教会連合)で讃美歌に関する議論が始まり、福音讃美歌協会の設立準備が始まった頃でした。

来年の大学の「賛美歌学」講義には、今回のこと含めいろいろと還元したいと思い今からイメージしています。このブログを読んで頂いている諸地区の諸教会においても、このような「歌う会」心からお勧めします。

札幌の諸教会、北海道聖書学院に心から感謝致します。

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年09月04日

「教会福音讃美歌」MIDI音源

「教会福音讃美歌」のMIDI音源が福音讃美歌協会HPのTOPに収録曲一覧としてアップロードされました。協会HPのTOPページからも、最初のリンクに行けます。各讃美歌の日本語題名をクリックするとMIDI音源を再生できます。但し全ての讃美歌曲ではありません。著作権法の事情でできないものがありますのでご了承ください。

またこの音源リストで、それぞれの讃美歌がどの讃美歌集(讃美歌、讃美歌21、聖歌、新聖歌、イムマヌエル讃美歌・・)からの転載なのか、その場合に歌詞は転載元から変更なしでそのまま(◎表示)か、改訳か(改訳表示)等基本的なことも確認して頂けます。「教会福音讃美歌」本体の索引等には出典讃美歌集の表記はありませんので、参考にされて下さい。

但し、この出典讃美歌集の表記はまだ不完全なものです。歌詞に変更のないものも改訳したものも、この表では讃美歌作品番号に対し、一つの出典元を表記しています。変更ないもの(◎)はこの表でどの出典からそのまま転載したか確認できますが、改訳ものに関しては主たる出典を表記している、とご理解下さい。一讃美歌曲も当然、異なる歌詞で複数の讃美歌集に載っている場合は多々あります。これら特定の讃美歌曲が複数の出典先をも縦断的に網羅できる対照表も現在作成中です。各方面から「礼拝での使用を始めた」「まもなく始める」との声が聞こえて参りました。讃美歌を選ぶ牧師先生方にとっては、まずは、これまで歌ってきた讃美歌集を起点に「教会福音讃美歌を“引く”」ための最初に助けになるかと思います。

コードネームを可能な限り付加しましたが、まえがきに書いた通り、楽譜の和声とは必ずしも整合させていません。しかしこれも、色々な場面・方法で、歌うための助けになるかと思います。牧師先生はじめ、この音源を是非お聴き頂き、またはギターを片手にコ−ドを追って頂くことで、新しい讃美歌にも最初のアクセスをして頂ければと願っています。

「教会福音讃美歌」を手に、まずそのように中身を概観して頂けるならば、是非知っている讃美歌がそのままか、新しい歌詞になっているかだけでなく、この讃美歌集に収められた様々な新しさに出会って頂き、少しづつ活用して頂ければと思います。コンテンポラリーな曲を含め全く新しく収録された讃美歌、新たな主題、改訳の新たな視点、などなど。

私の所属教会では9/16(日)の主日礼拝から「教会福音讃美歌」を使用します。その事始めの話も、またブログに書こうと思います。

せっかくなので音源アップロードのお知らせにあわせ、今日のブログの最後に、新しい讃美歌一つと別メロディーに載せた良く知る讃美歌一つを、今日はイギリスモードでご紹介します。新しい讃美歌として82番「降誕のキャロル」。これはイギリスのジョン・ラッター作です。ケンブリッジ・キングズカレッジ聖歌隊の演奏を聴いてみてください。別メロディーに載せた良く知る讃美歌としてはチャールズ・ウェスレーの328番「あめなるよろこび」。讃美歌352番、讃美歌21-475番のメロディーが日本では知られていましたが、「教会福音讃美歌」では、BLAENWERNというチューンネームで知られるメロディーで収録しました。英米圏では今日このメロディーで良く歌われるようです。昨年のウィリアム王子の結婚式からお聴き下さい。双方とも調は違いますのでご了承のほどを。

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | さんびか・・

2012年08月31日

残暑見舞い

3週間ぶりの書き込みとなってしまいました。今日は日記的に近況報告します。

暑い暑い夏、前回書き込み(8/6)の頃はまだ大学の成績付けをしていたのですね。成績報告を終え大学の研究室に散乱する(!?)レジュメ・プリント類の整理をしました(ゼミ生手伝いありがとう!)。植木の研究室はこのところ、知る人ぞ知る「らしくない状態」(お察しください)。数年来の大片付けを始めたところなのです。

その後は中旬ゆっくりし、3日間ほどは本当に何もしない日を過ごしました。そしてその後すぐにキリスト教音楽講習会!。4日間のプログラム、植木は聖歌隊実技クラスで合唱指導法・指揮法・運営等、とS先生と共に「新しい賛美歌ゼミ」を担当。聖歌隊実技クラスには、既に私のクラスのリピーター(!?)の受講生の方もおられるのですが、そろそろ活字等にまとめなくてはいけないな、と思った次第です。この講習会でこれまでに私が担当してきた内容をまとめれば良いのですが、計画立てなければですね。「新しい讃美歌ゼミ」ではS先生の讃美歌21以前の頃のお話に、日本キリスト教団讃美歌委員会の取り組みに改めて敬意を抱いた次第です。一日目の「夕べの祈り」の小礼拝では先唱者をしたり、、、。この期間中にブログを書こうと考えていたのですが、講習会プログラムがあまりの濃厚さ故(1日11時間絶え間なく・・)、ブログを書くところまで来ませんでした。

さて講習会最終日は、講習会終えその足で大学へ。バッハのカンタータ147番とマニフィカート ニ長調に取り組んでいる、大学のオラトリオプロジェクト。休み明けの練習開始日でした。

このブログを書いているのはその練習から既に一週間たった金曜日。さて、大学も始動します。『教会福音讃美歌』について、様々な方面からお声を頂いています。私の所属教会では9/16(日)に礼拝での使用を始める(切り替える)ため、牧師、副牧師と私で準備中です。OBIでの「教会福音讃美歌」発行記念セミナーは既に2度開催しましたが、『教会福音讃美歌』の発行が間に合わなかったため、第3回目を10/27(土)に開催することとなりました。

そんなこんなの8月でした。個々のテーマに絞り、近いうちにまた書き込みます。

残暑お見舞い申し上げます!

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年08月06日

讃美歌末尾の「アーメン」

讃美歌末尾に「ア−メン」をつけるという習慣はどこからきたのでしょうか?「讃美歌集に印刷されているから」というのが実際的な理由の大きなところではないかと思います。習慣的にという意味では『讃美歌』(1954年版)を使用してきた教会の多くが、末尾に「アーメン」を付与するようになったと思われます。「ア−メン」の印刷されていない歌集を使っている教会では、自然と(!?)「アーメン」を付けずにいるようです。

実はこの一律に「4度→1度のカデンツ」の「アーメン」を讃美歌末尾につける、という習慣は、歴史的にみるとある国・時代の特有な現象として起こり、それが習慣として広がったとものであることがわかります。

事の発端は19世紀の英国国教会における「オックスフォード運動」。この運動は、典礼を重視し、礼拝を純化し、式文・祈祷諸等を再認識する方向に舵を切りました。その中でラテン語聖歌の英語翻訳が盛んになるのですが、そのラテン語聖歌には「頌栄」がついていたことから、多くの聖歌に「頌栄」のアーメンを付けて歌うということが行われたのです。その後ほとんどの聖歌にアーメンが付与されるということになってきました。このオックスフォード運動が大きく影響し、英国国教会出版の初めての讃美歌集として出版されるのが1860年の『Hymns Ancient and Modern』(日本語訳の『古今聖歌集』は、日本聖公会の現行讃美歌集の前までこのタイトル)。この歌集は「アーメン」を全ての聖歌に付けて用いた最初の歌集と言われています。そしてこの習慣が、教派を問わず欧米に広がり、そして19世紀の再開国後の日本にも伝わったという訳です。

しかし英国聖公会では既に1920年代、この一律「アーメン付与」は誤りであると認めるようになりました。「アーメン」は本来「頌栄」に付加されたものだったものが、それだけ本来の意味合いから切り離され「歌えば付ける」という“作業”になってしまった。そのことへの反省から「一律アーメン」は1950年以降は行われなくなりました。

礼拝において、個々の讃美歌歌唱を通してそもそも何をしているのか、という本質を考えるならば、「讃美歌にはアーメンを付けるか付けないか」ということそのものが、論点として成立しないということに気が付きます。礼拝における讃美歌の機能を考える上で、敢えてそれを個々の讃美歌の内容を見ることから始めたとしても、讃美、感謝、信仰告白と様々です。なのに「アーメンを付けるか付けないか」だけを論じようとするのは、ある意味、讃美歌の内容、それを通して行う礼拝行為そのものを無視することにも成りかねません。。

初代教会のクリスチャン達は、ユダヤの伝統を継続し詩編を朗誦していました。2世紀頃には、詩編の後に「頌栄」「アーメン」を付加して歌っていたと言われます。ユダヤ教との区別化、初期の異端、とりわけ神論の混乱の中で、生まれた伝統・習慣であったのでしょう。4世紀には世界最古の有節歌Hymnus(イムヌス)がアンブロシウスによってあらわされますが、最終節が「頌栄」+「アーメン」です。それ以降は、ユダヤ教との区別化の必要がなくなったのでしょう。「頌栄」はなくなり、「頌栄」に付加されていた「アーメン」もなくなっていきました。宗教改革時代のルターのコラール、ジュネーブ詩篇歌にも、その後の英国のウォッツやウエスレーの讃美歌にも「アーメン」は勿論ありません。そうではなくて、「三位一体の神」を讃美する時「アーメン」と唱えたのです。

今回の「アーメン論議」、実は個人的に質問を頂いたので書くことにしました。ただし英国国教会のことは実は私は専門外です(^^; ただ言いたいのは、何度も申し訳ないのですが「つけるつけない」ではなく、讃美歌の本質から考えるべき課題だということです。「頌栄」に際しては「アーメン」を付与するのが、教会的なあり方だと思われます。または個々の讃美歌で作者が意図的に「アーメン」を付与しているものは、当然削除すべきではないでしょう。

それでも、これまでの長い年月の習慣から「讃美歌にはアーメンを付ける」のが普通、という感覚であることも多いかも知れません。個々の讃美歌はその内容も音楽も異なり多様であるのに、それらを無視するかのように、一律に「4度→1度のカデンツ」を付けるのは、音楽面から考察しても不自然です。私自身、その瞬間に、それまで歌ったものが壊されると感じることさえあります。

この課題は、それぞれの教会がこれまでの歩みを踏まえつつ、主体的に確認していくことだと思います。牧師先生方からのご意見、お伺いしたいです。メールはこちらへ。屈託のないお声お寄せ下さい。

かんとーる@うえき

P.S.「讃美歌」と「聖歌」の表記、今日のブログでは併用しました。聖公会では「聖歌」と呼称しているのでのそうしました。一般論的に言及する場合は「讃美歌」「讃美歌集」と表記しました。
posted by かんとーる@うえき at 23:23| Comment(2) | TrackBack(0) | さんびか・・

2012年08月03日

久しぶりの「讃美歌」に想う

昨日と今日久しぶりに『讃美歌』(1954年度版)から何曲か奏楽しました。大学の名誉教授の先生の前夜式・葬儀があったのです。

『讃美歌』(1954年度版)で奏楽するのはいつ以来だろう、、と考えてみました。私の所属教会では、2003年度から礼拝で『讃美歌21』の使用を始めました。聖書研究祈祷会では引き続き『聖歌』を使用しつつ今日に至りました。自分の教会の礼拝で最後に『讃美歌』を奏楽したのは、もう9年前ということになります。桜美林大学では2006年まで『讃美歌』を使用していました。『讃美歌21』に移行したのは2007年。私が奉職したのは2005年でしたので約2年間、大学のチャペルアワーでは『讃美歌』でした。

昨日の前夜式では「主よみもとに近づかん」(讃美歌320)、「いつくしみ深き」(讃美歌312)を歌いました。今日の葬儀では「はるかに仰ぎ見る」(讃美歌488)、「きよき岸辺に」(讃美歌489)。讃美歌はご遺族が選ばれたと聞きました。故人が愛唱されていたということもあったかも知れません。その時代に『讃美歌』で教会生活・信仰生活を養われた方にとっては自然なことです。私は昨日、今日これらを奏楽し会衆の歌声を聴きながら、葬儀という礼拝の場でその讃美の歌は今ひとたび新しくされた、と感じ感謝だったのです。この感想、もしかすると私らしくないかも知れません。讃美歌という課題は、教会が主体として考え取り組む課題、私自身は普段、讃美歌の「感想」や「愛唱歌」で語らないようにしています。でも、やはり一人の信仰者の背中を見る、ある意味その証の場としての礼拝でもある葬儀で、故人の背中を語り、これらの歌を通し歌う者が新しくされた、ということを経験したのです。

「歌詞が文語調で少し古く感じられても、かなり定着していることが認められ、かつ神学的な議論を喚起する等でない場合には、歌詞を変更せずにそのまま収録。」『教会福音讃美歌』の公式コメントではありませんが、古い歌詞でもそのまま収録というものを説明するのには、今回、おおよそこのような判断でことにあたったと考えて良いと思います。何が言いたいかと言うと、昨日・今日歌った3曲『讃美歌』320番、312番、488番は、それぞれ『教会福音讃美歌』407番、432番、335番として歌詞を変更せずそのまま転載した讃美歌でした。

讃美歌を「信仰の継承」という視点で考えると、継承するからこそ今日の視点で改訳が必要になることが当然あります。しかし大部分が「新しい歌詞」になり、讃美歌集全体としての変化の速度が速すぎると大変です。「変化についていけない」というようなことがあるとするば、そのことそのものが、そもそも信仰生活の経験更新としておかしなことだからです。経験とは少しづつ獲得するものです。この辺り讃美歌集の理念に関わることなので一言で言うのは難しいですが、讃美歌集の内容の変化には、振り子のようなバランス感覚が必要かな、と個人的に思っています。

『教会福音讃美歌』を例にあげれば、全506曲中『聖歌』『讃美歌』『讃美歌21』から約300曲を歌詞を変えずに収録。長く時間が経ち日本語のことばの変化によって理解できなくなった歌詞などは、今日の言語感覚に沿い約150曲を改訳。この半世紀の間に世界中で産み出されてきた新しい歌が約30曲、新しい創作歌が約20曲ということになります。どの程度「新しく」感じられるかは、それぞれの教会のこれまでの経験、具体的にはどの讃美歌集をどのように使用してきたかによって異なると思います。

「新しい歌を主に歌う」ということで重要なのは、私たちの主への歌、歌う営みが新しくされ続けるということでしょう(私は一教会音楽家です。聖書釈義をしているのではなく、あり方を問うています)。新しくされ続けるとは具体的どういうことなのかを、礼拝という営みにおいて、各教会と教会の交わりで共に求め続けていきたいのです。

今回の前夜式・葬儀の讃美歌のうち、最後の『讃美歌』489番「きよき岸辺に」だけは『教会福音讃美歌』337番として改訳の後、収録しました。どうぞ開いて歌ってみてください。そして今日を生きる歌、について共に考えていきたいと思います。

召天された信仰の先輩の背中を見つめつ。

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | さんびか・・

2012年07月31日

「教会福音讃美歌」発行

先週の金曜日、大学はこの春学期の授業を終えました。今日から試験・補講期間となります。明日はオルガンの試験。履修生30名、今日は良く寝て明日は直前に弾き過ぎず、そして普段、音楽へ向き合う同じ仕方で試験を迎えて下さい。。。と、ついここに書いてしまったのは、私のゼミ生がこのブログを定期チェックしていることを知ったためでした。。。

私の手元には、同じく金曜日に「教会福音讃美歌」が到着しました。福音讃美歌協会・正会員教派の諸教会にはそろそろ届き、キリスト教書店の書棚にも早ければ今週並ぶと思われます。長年の祈りと取り組みの実がこのような形となったこと、まず心から感謝します。正会員教派教会にとっては、自らが当事者として作った讃美歌集になりますね。これを使い、歌い、育てていきましょう。そのことは今この瞬間からこの讃美歌集の見直しが始まるということでもあります。当事者として関わった正会員教派、そして様々な形で支援・賛助下さった諸教会と皆様に、そして、そして、、この讃美歌集のために讃美歌曲を提供し、著作権の許諾等を下さった諸教派・諸教会に心から感謝します。個人的なことを言わせて頂くならば、私は日本基督教団讃美歌委員会の先生方とは繋がりが深く、もう何年も前から講習会講師としてご一緒し、定期的に研究会もしてるのですね。讃美歌集に関しては先駆者の日本基督教団の先生方の背中に勇気づけられてきたのです。

「教会福音讃美歌」の発行への感謝、まずこの讃美歌集を手にし、歌うことで表しましょう!。

「教会福音讃美歌」発行後のこれからは、福音讃美歌協会はまず、この讃美歌集を教会が使い、これを通して教会が礼拝を捧げるためのサポート、実際に「教会福音讃美歌」を使うためのツールやセミナーを継続的に行っていきます。具体的には、秋の特別公開講座「教会福音讃美歌」セミナー(10/17-19、札幌)、「教会福音讃美歌」を歌う夕べ(10/19、札幌)、お茶の水聖書学院での第3回「教会福音讃美歌」発行記念セミナー(10/27)、奉献礼拝(11/12)等などの準備をしていますが、それらと併せ行っている別の作業は「対照表」の作成です。

今現在使用している讃美歌集から「教会福音讃美歌」収録曲を対照するツール、すなわち「聖歌番号→教会福音讃美歌番号対照表」や「讃美歌21番号→教会福音讃美歌番号対照表」と言ったものです。なんだ簡単と思われがちですが、対照する讃美歌曲は、二つの歌集の間だけのことではありません。「聖歌」「讃美歌」「讃美歌21」「教会福音讃美歌」と同じ曲が交錯する場合があります。まず「教会福音讃美歌」を手にとって最初にこれを開き使うためのツールとして準備しています。もう一つは讃美歌曲の音源MIDIファイル。これは楽譜を作成したFinaleデータから生成したもので全506曲中の2/3は準備済、今後全曲をデータ化します。勿論人間の“アナログ”な賛美の声ではなく電信音ですが「どんな曲かな」を知るための最初のツールとして、有用であると思います。

そのような訳で「対照表」と「MIDI音源」は福音讃美歌協会HPにアップロードの予定です。著作権が福音讃美歌協会の管理下にない曲等は掲載できませんので、それらのチェック作業にも今しばらく時間がかかりますがお待ち下さい。アップロードしましたら、このブログでも告知致します(このHPとBlogは植木個人のものでので福音讃美歌協会を代弁するものではありませんが)。

勿論、巻末の「作詞者索引」「作曲者索引」「曲名(TUNE)索引」「原詞諸行索引」「初行・くり返し索引」を駆使して、見つけることはできますが、歌詞が変わっているものに関しては「初行・くり返し索引」以外の索引でないと見つけられませんね(506曲中、約300曲は他の出典讃美歌集の歌詞のまま、約150曲は改訳、約50曲は新紹介曲と新曲です)。現状で、どの曲に歌詞変更がなくどの曲にあるのかは、既にいのちのことば社HPにアップロードされている
収録曲リストをご覧ください。助けになると思います。

という訳で「対照表」「MIDI音源」今しばらくお待ちください。

近況報告な日記も書こうと思いつつ、暑さに翻弄されていました。パイプオルガンのことも調査・契約・設置等に至るプロセスやそれぞれのアプローチについて連載(!?)したい、、と考えています。でもしばらくは「教会福音讃美歌」の話題が多くなるかな。既に色々質問を頂いている最近です。牧師先生、音楽奉仕者の皆さん、質問大歓迎ですので何でも疑問点、気になること等あればご連絡下さい。メールはこちらへ。

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | さんびか・・