2012年05月30日

「教会福音讃美歌」入稿!

「教会福音讃美歌」。聞きなれない讃美歌集の名前だと思いますが、今日はご報告を兼ねてここにお分かちをします。

2005年に設立された福音讃美歌協会編による、間もなく刊行予定の讃美歌集です。福音讃美歌協会は複数の教団・教派を“正会員”とし、多くの各個教会や個人の“賛助会員”の支援の元、“準会員”である出版社、いのちのことば社と協力して事業を行うという運営をしています。
現在の正会員教派は日本同盟基督教団、日本福音キリスト教会連合、インマヌエル綜合伝道団の3者。私は設立時に理事を務め、現在は讃美歌委員として奉仕しています。

そもそも何故、この福音讃美歌協会が設立したかにはいくつかの背景がありますが、大きくは礼拝と讃美の課題の前に、そのことにきちんと取り組んで来なかったことへの反省と、自ら取り組まなければならないことへの前進があったためでした。

さて、この「教会福音讃美歌」。本来ですと5月発行予定だったものが更に遅れ7月下旬となりました。書店に並ぶのは8月に入ってからになります。。。とここまで書くと、関連教会の皆さんは「でも、また遅れるんじゃない?」と思われるでしょうか。今回の8月というタイミングはもう変わりません。

讃美歌選定、翻訳、編曲等の作業は昨年終わっておりまして、年が明けてからは讃美歌の中身に関する校正作業を行っていました。校正は讃美歌委員会といのちのことば社の間を3順ほどしました。私が担当するドイツもの部分においても、つい先日、最後の校正を出しました。そして全ての校正が終わり、昨日昼、無事印刷所に入稿したのです。

今後は讃美歌の中身ではなく、紙ベースであがってくる装丁等の校正のみです(xxxページの右上に埃の影がある。。などなど)。

覚え、支え、祈って待っていて下さる諸教会と皆様に、一委員の立場としてですがご報告いたします。

本来、「教会福音讃美歌」の刊行時期に合わせ日程設定した「教会福音讃美歌」発行記念セミナーに、実際の讃美歌集は間に合いませんが、セミナーでは、その中身の一部を印字し受講生の皆さんが手に持ち学べるよう、福音讃美歌協会理事会で手続きを既に取ってあります。

どうぞ、既に関わりにある諸教会、そしてこの讃美歌集に興味をお持ちの諸教会の皆様、「教会福音讃美歌」発行記念セミナーにおいで下さい。そして教会福音讃美歌の8月刊行を迎える準備をして頂ければ感謝です。

かんとーる@うえき
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2012年05月27日

安部正義。。。

週の半ばに書こうと思いつつ、一週間が過ぎてしまいました。私はこの週末、キリスト教礼拝音楽学会の大会のため福岡にいました。

大会ではいくつかのテーマが扱われましたが、シンポジウムは「安部正義のオラトリオ『ヨブ』」についてで、とても興味深い発表でした。日本人による日本語の最初のオラトリオです。安部正義の曲で一番身近だと思われるのは、おそらく由木康作詞よる讃美歌「まぶねの中に」の作曲者としてでしょう。1891年生、1974年召天。その時代を思うと、このようなオラトリオが日本で存在していたということそのものが驚きでした。作曲が1931年〜1945年という期間ですから、どのような激動の時代だったかおわかりでしょう。

作風はメンデルスゾーン風、「まぶねの中に」のテーマも現れます。基本、礼拝という枠での使用を想定したものではないオラトリオですが、このオラトリオの礼拝における使用案の試みも発表されました。。。

と言う訳で、今日は携帯端末から短い出張報告(!?)で失礼致します。

新しい週が始ります。どこかで植木と接点のある方々には“時の話題”が、そろそろ出てきそうです。
「教会福音讃美歌」、そして「桜美林大学オラトリオプロジェクト2012」、、。

近々、それらへのビジョンと想いを綴っていきたいと思います。

かんとーる@うえき
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2012年05月20日

リニューアル裏話

Hp&Blogのリニューアル裏話。

実はリニューアル以降、少しづつ手を入れてきました。まずはある日突然“PROFILE”が増え、メニュー4つだったものを5つにしました。今日は朝の時点では「聖書の言葉」は“ABOUT”の下部に、それを夕方に“Blog”右上へ移動で落ち着きました。

ブログの記事はかなり書き下ろし的に投稿しているので、さりげなく次の日に日本語の掃除したりしています。“EVENT”の日時に曜日を入れました。曜日がないとイメージがわきません。。。あんどなどです。

何かお気づきのことありましたら、お知らせ下さい。改善できるものから手を入れようと思います。でも基本、中身だと思うので、あまり懲ろうとは考えていません。「教会音楽」に関わる課題について、現場と共有していきたい、というのが趣旨ですので。

一つ、自分がこのHpで気に入っていることがありますが、それは教会の写真です。これ小さな教会の模型を写真で取ったものです。何年も前から、いつかHPをリニューアルする時は、教会の写真をクリックしてHPに入るTOPページをイメージしていました。なかなか私のイメージに合う写真がなかったのですが、今回見つけたのです。

この教会の写真、私のお気に入りです。「教会音楽」を考えると言っても、教会の現場には、様々な幅の違う課題があると思います。ドレスデンのように歴史と伝統にずっしり立っている教会もあれば、数人で礼拝を守る伝道所もある。私も高校生の頃、自分の教会の伝道所がアパートの一室を借りて始めた礼拝で、奏楽の奉仕をしました。この小さな教会はある意味私の原点でもあるのです。

「2人でも3人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」
(聖書:マタイ18:18)

かんとーる@うえき
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2012年05月19日

J.H.シャイン:シオンは言う

今週の授業からエピソードを一つ。

毎木曜日の授業「賛美歌学」は今回「17世紀ドイツの賛美歌」まで来ました。「まぶねのかたえに」(教会福音讃美歌79番)、「血潮したたる」(教会福音讃美歌126番)で知られるパウル・ゲルハルト(Paul Gerhardt, 1607-1676)の時代です。当時の周辺状況、合唱音楽の話です。(ゲルハルトの話はまたいつか。。。)

ヨハン・ヘルマン・シャイン(Johann Hermann Schein, 1586-1630)は、ハインリヒ・シュッツ(Heinrich Schütz, 1585-1627)、ザムエル・シャイト(Samuel Scheidt, 1587-1654)と共にドイツ”3大S”と言われる当時の代表的教会音楽家です。ルターとバッハの中間時代ですね。この頃の合唱音楽は、小編成、協奏曲、聖書を題材等がキーワードです。言葉が染み入るような端正な響きの構築、音言葉と言われる歌詞の音楽書法など。前回書いたドレスデンの礼拝でもシャインの曲が聖十字架合唱団によって歌われました。

これらの楽曲そのものは、聖書の内容・語句に対する深い作曲者の洞察によるものです。同時にこういう音楽が聖書を題材として出てきたことには、いくつかの立体的理由があると思われます。

16世紀の宗教改革以降、プロテスタント教会の音楽家に与えられた至上命題は、単的に言えば、讃美歌(コラール)を編曲すること、つまり会衆にそれを提示し会衆歌唱を助けることでした。オルガンコーラルや合唱曲も会衆に讃美歌(コラール)を提示するために、生まれてきた訳です。約1世紀近く続いた“讃美歌(コラール)を編曲するという至上命題”が、この17世紀に変化したようです。事柄は立体的でいくつかあったと思われますが、今日は音楽史的アプローチで、その”外的要因”の話です。

17世紀ドイツにおける教会音楽の変化の最大の外的要因は、イタリアから流入した音楽の流行(ヴェネチア楽派)でした。器楽と合唱の併用や交互演奏、協奏曲風、モノディー様式等、ソロとアンサンブルがかけ合うような交互演奏、協奏曲が時の音楽の流行。この頃の作曲家の苦労は、元々求められていた「讃美歌(コラール)を扱う」という仕事の中に見受けられます。彼らはコラール旋律と協奏原理の結合を模索した訳ですね。これ大変です。「コラール旋律を元に作曲する」ということは、つまり最初から作曲上の「テーマ」を与えられることに他なりません。“白いキャンパスにゼロから自由に絵を描く”訳にはいかないのです。音楽家達は最初、コラール旋律と協奏原理の結合を模索した。しかし次第にコラールを犠牲にしても協奏原理が追求される傾向になっていきました。ですから楽曲の題材を、韻律が既に決まっているコラールにではなく、聖書の散文テキストに求めようになる。散文ですから音楽的な幅を持たせられる訳です。シャインも後期の作品は聖書のテキストを扱っています。

当時の「教会音楽」を語るには他にも様々な要素があります。しかしこれも事実を立体的に理解し、現実の課題に向き合うための助けにもなると思います。私はシュッツやシャインを聴くたび、激動の時代・変化の時代に思いを馳せます。そして、変わるべきものと変わるべきでないものを洞察し判断する目線を養う必要について考えさせられます。協奏曲風の音楽が教会で始めて鳴った時は、どんなだっただろう?人々の耳にはどう響いたのかな?って想像します。

シャインの代表作「イスラエルの泉(Israelis Brünnlein)」から「シオンは言う。主はわたしを見捨てられた(Zion spricht: Der Herr hat mir verlassen)」 (イザヤ 49;14-16)を聴いてみて下さい。出だし、5声合唱の上3声と下3声のかけ合いで始まります。交互演奏効果、協奏曲的な展開・・。Youtubeでたまたま見つけたものですがドレスデン十字架教会合唱団の演奏です。

シャインはカンツィオナル書法(定旋律最上声部の4声和声)を確立、1616-1630年ライプチヒのトーマスカントールを務めました。バッハの先輩ですね。

という訳で「賛美歌学」授業からのエピソードでした。

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 授業から

2012年05月13日

ドレスデンの礼拝で

『礼拝と音楽 No.153』に「祈りを支える音楽─音楽奉仕者への三つの勧め」と題して書かせて頂きました。「こうこうこういう音楽が祈りを支える」・・などと一般論的に言うことはできません。音楽奉仕者の裏方話的なことを書かせて頂いたのですが、音楽奉仕者への勧めと言っても、読者の方々の教会・教派の礼拝伝統・礼拝書式の違いとその多様性を網羅することはできませんので、共通項を意識しての内容ではありました。

あの原稿を提出してすぐ、私は研究出張でドイツに行き礼拝を複数訪ねました。ドイツの国教会(Landeskirchen)は、それぞれルターの伝統を汲みつつ、地方によって独自性もあります。90年代に私が住んでいたシュツッツガルト近郊の地域は敬虔主義の流れを汲んでいることと、地理的に近いスイス改革派教会の影響もあり説教礼拝として礼拝が発達しました。ある意味、宗教改革当時の教会のリタジーが薄くなったとも言える礼拝です。

ですので、私は今回「時には現場の課題から敢えて離れ、個々の課題のリサーチを深めていく」モードで、ルタ−派発祥地ザクセン州の礼拝を訪ねることとし、2週目の日曜日、ドレスデン十字架教会の礼拝に出席したのです。Johann Speth: Toccata prima を前奏曲に始まり、その前奏曲と共に聖歌隊(聖十字架教会合唱団)が後方から入場し、祭壇前で会衆に向き合って整列。 d-mollの前奏曲をピカール終止D-durで終え、そのまま同調の讃美歌(O, Mensch bewein dein Sünde groß)へ。それに続いて、聖歌隊の合唱が会堂の空間を包みました。

「礼拝における前奏」の起こりは「ミサにおける司祭団入堂の音楽」であったことは歴史が示すことですが、礼拝という場と文脈での出来事として体感することが少なかったと思いました。高い天井の会堂に響き渡る前奏曲、それと共に入場し、会衆歌に続いて歌われる聖歌隊による歌は、会衆を包むと同時に、礼拝司式者が神の言葉を掴み取るための宣言でもある訳です。そのことをこの合唱の響きが会堂という「空間」を包んだ事実と共に改めて再認識しました。礼拝における音楽はその縦の流れ(礼拝式順)における機能と同時に、横の流れ(教会暦)によって福音の恵みを繰り返し想起する。私は礼拝をその“縦横”で考えてはいたつもりでした。しかし、実際の空間、聖歌隊の入場、響きで礼拝を包む、宣言する、、という空間のドラマであることを最近感じとっていなかったと気づきました。

前方祭壇前で会衆に向き合っていた聖歌隊は、気付いた時には(確か説教前に)、高いギャラリー(会衆の後方)に上がっていました。説教後の合唱は、会衆の見えない上方後方からの「応答」で包みました。その場にいたことを想像して下さい。礼拝はある意味、空間でありドラマであることがわかると思います。

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 礼拝で

2012年05月12日

書き始めに

この数日間も色々と“教会音楽”していました。私の仕事であり日常ですから当然ですが、初書き込みしようと思いつつ週末になってしまいました。私は日常的に色々な“モード”で教会音楽に関わっています。ブログ書き込みを始めるに際し、今回は私の色々な“モード”をご紹介しておきます。

「大学の教育・研究そしてキリスト教活動に携わる教員」、同時に「一教会音楽家としての活動」。言ってみれば、それらは前者から後者への“→”であり、“←”でもあり、同時に“⇔”であるわけです。その上で個々の課題との関わりや、学内外、所属教派内外等で、「教会音楽」への取り組みは様々な“モード”での関わりとなります。大学授業モード、個人研究モード、所属教派モード、広くプロテスタント教会モード、はたまた演奏家モ−ドなどなど。。私と言う人間は一人ですが様々な役割やファンクション、または責任があるということです。

大学における教育・研究として教会音楽に取り組むことができることは大きな喜びであり同時に責任です。到達点としての「音楽」ではなく、それを貫きその「精神」を見ること。そう意識しつつ教育に携わっています。教会主体の営みにおいては、福音讃美歌協会讃美歌委員として働きが私が公に責任を負っているものです。同時に私は自分の所属教派以外の「教会音楽」の働き等にも協力すべきことに関わっていきます。「私が遣わされている教会」と「キリスト教会」の理解に基づいています。

また「教会音楽」への取り組みは、当然「研究」に他なりません。時には現場の課題から敢えて離れ、個々の課題のリサーチを深めていくことも必要です。そしてもう一つは当然、歌うこと。演奏されなければいけません。「神に歌う」ことのために全ての取り組みがあるとも言えるののですから。

ブログでは、これらの諸々の“モード”をカテゴリー・キーワードにしていこうかと考えています。日記、授業から、教会で、雑感、、今のところそんなカテゴリー分けをしてみましたが、今後更にカテゴリーを増やすかも知れません。言葉にはそれが落ちる文脈があります。それを自分自身の整理整頓(!)のため、読まれる方にも分かりやすいブログとしたいからです。

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年05月09日

リニューアル

何年も休止状態にあったカントールハウスをこの度リニューアル致しました。

TOPページに書かせて頂いた通り、このHP&Blogでは「教会音楽」にまつわる様々な課題について、私自身が日頃考え取り組んでいること等を綴りつつ、継続研修・セミナー等の関連情報などを発信していきます

私のアプローチの軸足は、「教会音楽」における「会衆の営み」です。自らの考えや疑問など書き綴ると思いますが、「教会音楽」の「主語」が「教会」であることを覚えつつ、自分一人で「教会音楽」を握り締めることのないようにとも思います。「教会音楽」に関するアプローチの違い、強調点の違い、立場の違い等に敬意を持ちつつ考えていきたいと思います。

それから、、、心にゆとりを持って、フレキシブルさも持っていたいですね。
音楽するわけですから。。

ブログは不定期で更新します。
ブログはTwitterとリンクしています。
ブログが更新されるとtweetします。
(Twitter ID: kantor_jp)

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記