2012年08月31日

残暑見舞い

3週間ぶりの書き込みとなってしまいました。今日は日記的に近況報告します。

暑い暑い夏、前回書き込み(8/6)の頃はまだ大学の成績付けをしていたのですね。成績報告を終え大学の研究室に散乱する(!?)レジュメ・プリント類の整理をしました(ゼミ生手伝いありがとう!)。植木の研究室はこのところ、知る人ぞ知る「らしくない状態」(お察しください)。数年来の大片付けを始めたところなのです。

その後は中旬ゆっくりし、3日間ほどは本当に何もしない日を過ごしました。そしてその後すぐにキリスト教音楽講習会!。4日間のプログラム、植木は聖歌隊実技クラスで合唱指導法・指揮法・運営等、とS先生と共に「新しい賛美歌ゼミ」を担当。聖歌隊実技クラスには、既に私のクラスのリピーター(!?)の受講生の方もおられるのですが、そろそろ活字等にまとめなくてはいけないな、と思った次第です。この講習会でこれまでに私が担当してきた内容をまとめれば良いのですが、計画立てなければですね。「新しい讃美歌ゼミ」ではS先生の讃美歌21以前の頃のお話に、日本キリスト教団讃美歌委員会の取り組みに改めて敬意を抱いた次第です。一日目の「夕べの祈り」の小礼拝では先唱者をしたり、、、。この期間中にブログを書こうと考えていたのですが、講習会プログラムがあまりの濃厚さ故(1日11時間絶え間なく・・)、ブログを書くところまで来ませんでした。

さて講習会最終日は、講習会終えその足で大学へ。バッハのカンタータ147番とマニフィカート ニ長調に取り組んでいる、大学のオラトリオプロジェクト。休み明けの練習開始日でした。

このブログを書いているのはその練習から既に一週間たった金曜日。さて、大学も始動します。『教会福音讃美歌』について、様々な方面からお声を頂いています。私の所属教会では9/16(日)に礼拝での使用を始める(切り替える)ため、牧師、副牧師と私で準備中です。OBIでの「教会福音讃美歌」発行記念セミナーは既に2度開催しましたが、『教会福音讃美歌』の発行が間に合わなかったため、第3回目を10/27(土)に開催することとなりました。

そんなこんなの8月でした。個々のテーマに絞り、近いうちにまた書き込みます。

残暑お見舞い申し上げます!

かんとーる@うえき
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2012年08月06日

讃美歌末尾の「アーメン」

讃美歌末尾に「ア−メン」をつけるという習慣はどこからきたのでしょうか?「讃美歌集に印刷されているから」というのが実際的な理由の大きなところではないかと思います。習慣的にという意味では『讃美歌』(1954年版)を使用してきた教会の多くが、末尾に「アーメン」を付与するようになったと思われます。「ア−メン」の印刷されていない歌集を使っている教会では、自然と(!?)「アーメン」を付けずにいるようです。

実はこの一律に「4度→1度のカデンツ」の「アーメン」を讃美歌末尾につける、という習慣は、歴史的にみるとある国・時代の特有な現象として起こり、それが習慣として広がったとものであることがわかります。

事の発端は19世紀の英国国教会における「オックスフォード運動」。この運動は、典礼を重視し、礼拝を純化し、式文・祈祷諸等を再認識する方向に舵を切りました。その中でラテン語聖歌の英語翻訳が盛んになるのですが、そのラテン語聖歌には「頌栄」がついていたことから、多くの聖歌に「頌栄」のアーメンを付けて歌うということが行われたのです。その後ほとんどの聖歌にアーメンが付与されるということになってきました。このオックスフォード運動が大きく影響し、英国国教会出版の初めての讃美歌集として出版されるのが1860年の『Hymns Ancient and Modern』(日本語訳の『古今聖歌集』は、日本聖公会の現行讃美歌集の前までこのタイトル)。この歌集は「アーメン」を全ての聖歌に付けて用いた最初の歌集と言われています。そしてこの習慣が、教派を問わず欧米に広がり、そして19世紀の再開国後の日本にも伝わったという訳です。

しかし英国聖公会では既に1920年代、この一律「アーメン付与」は誤りであると認めるようになりました。「アーメン」は本来「頌栄」に付加されたものだったものが、それだけ本来の意味合いから切り離され「歌えば付ける」という“作業”になってしまった。そのことへの反省から「一律アーメン」は1950年以降は行われなくなりました。

礼拝において、個々の讃美歌歌唱を通してそもそも何をしているのか、という本質を考えるならば、「讃美歌にはアーメンを付けるか付けないか」ということそのものが、論点として成立しないということに気が付きます。礼拝における讃美歌の機能を考える上で、敢えてそれを個々の讃美歌の内容を見ることから始めたとしても、讃美、感謝、信仰告白と様々です。なのに「アーメンを付けるか付けないか」だけを論じようとするのは、ある意味、讃美歌の内容、それを通して行う礼拝行為そのものを無視することにも成りかねません。。

初代教会のクリスチャン達は、ユダヤの伝統を継続し詩編を朗誦していました。2世紀頃には、詩編の後に「頌栄」「アーメン」を付加して歌っていたと言われます。ユダヤ教との区別化、初期の異端、とりわけ神論の混乱の中で、生まれた伝統・習慣であったのでしょう。4世紀には世界最古の有節歌Hymnus(イムヌス)がアンブロシウスによってあらわされますが、最終節が「頌栄」+「アーメン」です。それ以降は、ユダヤ教との区別化の必要がなくなったのでしょう。「頌栄」はなくなり、「頌栄」に付加されていた「アーメン」もなくなっていきました。宗教改革時代のルターのコラール、ジュネーブ詩篇歌にも、その後の英国のウォッツやウエスレーの讃美歌にも「アーメン」は勿論ありません。そうではなくて、「三位一体の神」を讃美する時「アーメン」と唱えたのです。

今回の「アーメン論議」、実は個人的に質問を頂いたので書くことにしました。ただし英国国教会のことは実は私は専門外です(^^; ただ言いたいのは、何度も申し訳ないのですが「つけるつけない」ではなく、讃美歌の本質から考えるべき課題だということです。「頌栄」に際しては「アーメン」を付与するのが、教会的なあり方だと思われます。または個々の讃美歌で作者が意図的に「アーメン」を付与しているものは、当然削除すべきではないでしょう。

それでも、これまでの長い年月の習慣から「讃美歌にはアーメンを付ける」のが普通、という感覚であることも多いかも知れません。個々の讃美歌はその内容も音楽も異なり多様であるのに、それらを無視するかのように、一律に「4度→1度のカデンツ」を付けるのは、音楽面から考察しても不自然です。私自身、その瞬間に、それまで歌ったものが壊されると感じることさえあります。

この課題は、それぞれの教会がこれまでの歩みを踏まえつつ、主体的に確認していくことだと思います。牧師先生方からのご意見、お伺いしたいです。メールはこちらへ。屈託のないお声お寄せ下さい。

かんとーる@うえき

P.S.「讃美歌」と「聖歌」の表記、今日のブログでは併用しました。聖公会では「聖歌」と呼称しているのでのそうしました。一般論的に言及する場合は「讃美歌」「讃美歌集」と表記しました。
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2012年08月03日

久しぶりの「讃美歌」に想う

昨日と今日久しぶりに『讃美歌』(1954年度版)から何曲か奏楽しました。大学の名誉教授の先生の前夜式・葬儀があったのです。

『讃美歌』(1954年度版)で奏楽するのはいつ以来だろう、、と考えてみました。私の所属教会では、2003年度から礼拝で『讃美歌21』の使用を始めました。聖書研究祈祷会では引き続き『聖歌』を使用しつつ今日に至りました。自分の教会の礼拝で最後に『讃美歌』を奏楽したのは、もう9年前ということになります。桜美林大学では2006年まで『讃美歌』を使用していました。『讃美歌21』に移行したのは2007年。私が奉職したのは2005年でしたので約2年間、大学のチャペルアワーでは『讃美歌』でした。

昨日の前夜式では「主よみもとに近づかん」(讃美歌320)、「いつくしみ深き」(讃美歌312)を歌いました。今日の葬儀では「はるかに仰ぎ見る」(讃美歌488)、「きよき岸辺に」(讃美歌489)。讃美歌はご遺族が選ばれたと聞きました。故人が愛唱されていたということもあったかも知れません。その時代に『讃美歌』で教会生活・信仰生活を養われた方にとっては自然なことです。私は昨日、今日これらを奏楽し会衆の歌声を聴きながら、葬儀という礼拝の場でその讃美の歌は今ひとたび新しくされた、と感じ感謝だったのです。この感想、もしかすると私らしくないかも知れません。讃美歌という課題は、教会が主体として考え取り組む課題、私自身は普段、讃美歌の「感想」や「愛唱歌」で語らないようにしています。でも、やはり一人の信仰者の背中を見る、ある意味その証の場としての礼拝でもある葬儀で、故人の背中を語り、これらの歌を通し歌う者が新しくされた、ということを経験したのです。

「歌詞が文語調で少し古く感じられても、かなり定着していることが認められ、かつ神学的な議論を喚起する等でない場合には、歌詞を変更せずにそのまま収録。」『教会福音讃美歌』の公式コメントではありませんが、古い歌詞でもそのまま収録というものを説明するのには、今回、おおよそこのような判断でことにあたったと考えて良いと思います。何が言いたいかと言うと、昨日・今日歌った3曲『讃美歌』320番、312番、488番は、それぞれ『教会福音讃美歌』407番、432番、335番として歌詞を変更せずそのまま転載した讃美歌でした。

讃美歌を「信仰の継承」という視点で考えると、継承するからこそ今日の視点で改訳が必要になることが当然あります。しかし大部分が「新しい歌詞」になり、讃美歌集全体としての変化の速度が速すぎると大変です。「変化についていけない」というようなことがあるとするば、そのことそのものが、そもそも信仰生活の経験更新としておかしなことだからです。経験とは少しづつ獲得するものです。この辺り讃美歌集の理念に関わることなので一言で言うのは難しいですが、讃美歌集の内容の変化には、振り子のようなバランス感覚が必要かな、と個人的に思っています。

『教会福音讃美歌』を例にあげれば、全506曲中『聖歌』『讃美歌』『讃美歌21』から約300曲を歌詞を変えずに収録。長く時間が経ち日本語のことばの変化によって理解できなくなった歌詞などは、今日の言語感覚に沿い約150曲を改訳。この半世紀の間に世界中で産み出されてきた新しい歌が約30曲、新しい創作歌が約20曲ということになります。どの程度「新しく」感じられるかは、それぞれの教会のこれまでの経験、具体的にはどの讃美歌集をどのように使用してきたかによって異なると思います。

「新しい歌を主に歌う」ということで重要なのは、私たちの主への歌、歌う営みが新しくされ続けるということでしょう(私は一教会音楽家です。聖書釈義をしているのではなく、あり方を問うています)。新しくされ続けるとは具体的どういうことなのかを、礼拝という営みにおいて、各教会と教会の交わりで共に求め続けていきたいのです。

今回の前夜式・葬儀の讃美歌のうち、最後の『讃美歌』489番「きよき岸辺に」だけは『教会福音讃美歌』337番として改訳の後、収録しました。どうぞ開いて歌ってみてください。そして今日を生きる歌、について共に考えていきたいと思います。

召天された信仰の先輩の背中を見つめつ。

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | さんびか・・