2012年08月06日

讃美歌末尾の「アーメン」

讃美歌末尾に「ア−メン」をつけるという習慣はどこからきたのでしょうか?「讃美歌集に印刷されているから」というのが実際的な理由の大きなところではないかと思います。習慣的にという意味では『讃美歌』(1954年版)を使用してきた教会の多くが、末尾に「アーメン」を付与するようになったと思われます。「ア−メン」の印刷されていない歌集を使っている教会では、自然と(!?)「アーメン」を付けずにいるようです。

実はこの一律に「4度→1度のカデンツ」の「アーメン」を讃美歌末尾につける、という習慣は、歴史的にみるとある国・時代の特有な現象として起こり、それが習慣として広がったとものであることがわかります。

事の発端は19世紀の英国国教会における「オックスフォード運動」。この運動は、典礼を重視し、礼拝を純化し、式文・祈祷諸等を再認識する方向に舵を切りました。その中でラテン語聖歌の英語翻訳が盛んになるのですが、そのラテン語聖歌には「頌栄」がついていたことから、多くの聖歌に「頌栄」のアーメンを付けて歌うということが行われたのです。その後ほとんどの聖歌にアーメンが付与されるということになってきました。このオックスフォード運動が大きく影響し、英国国教会出版の初めての讃美歌集として出版されるのが1860年の『Hymns Ancient and Modern』(日本語訳の『古今聖歌集』は、日本聖公会の現行讃美歌集の前までこのタイトル)。この歌集は「アーメン」を全ての聖歌に付けて用いた最初の歌集と言われています。そしてこの習慣が、教派を問わず欧米に広がり、そして19世紀の再開国後の日本にも伝わったという訳です。

しかし英国聖公会では既に1920年代、この一律「アーメン付与」は誤りであると認めるようになりました。「アーメン」は本来「頌栄」に付加されたものだったものが、それだけ本来の意味合いから切り離され「歌えば付ける」という“作業”になってしまった。そのことへの反省から「一律アーメン」は1950年以降は行われなくなりました。

礼拝において、個々の讃美歌歌唱を通してそもそも何をしているのか、という本質を考えるならば、「讃美歌にはアーメンを付けるか付けないか」ということそのものが、論点として成立しないということに気が付きます。礼拝における讃美歌の機能を考える上で、敢えてそれを個々の讃美歌の内容を見ることから始めたとしても、讃美、感謝、信仰告白と様々です。なのに「アーメンを付けるか付けないか」だけを論じようとするのは、ある意味、讃美歌の内容、それを通して行う礼拝行為そのものを無視することにも成りかねません。。

初代教会のクリスチャン達は、ユダヤの伝統を継続し詩編を朗誦していました。2世紀頃には、詩編の後に「頌栄」「アーメン」を付加して歌っていたと言われます。ユダヤ教との区別化、初期の異端、とりわけ神論の混乱の中で、生まれた伝統・習慣であったのでしょう。4世紀には世界最古の有節歌Hymnus(イムヌス)がアンブロシウスによってあらわされますが、最終節が「頌栄」+「アーメン」です。それ以降は、ユダヤ教との区別化の必要がなくなったのでしょう。「頌栄」はなくなり、「頌栄」に付加されていた「アーメン」もなくなっていきました。宗教改革時代のルターのコラール、ジュネーブ詩篇歌にも、その後の英国のウォッツやウエスレーの讃美歌にも「アーメン」は勿論ありません。そうではなくて、「三位一体の神」を讃美する時「アーメン」と唱えたのです。

今回の「アーメン論議」、実は個人的に質問を頂いたので書くことにしました。ただし英国国教会のことは実は私は専門外です(^^; ただ言いたいのは、何度も申し訳ないのですが「つけるつけない」ではなく、讃美歌の本質から考えるべき課題だということです。「頌栄」に際しては「アーメン」を付与するのが、教会的なあり方だと思われます。または個々の讃美歌で作者が意図的に「アーメン」を付与しているものは、当然削除すべきではないでしょう。

それでも、これまでの長い年月の習慣から「讃美歌にはアーメンを付ける」のが普通、という感覚であることも多いかも知れません。個々の讃美歌はその内容も音楽も異なり多様であるのに、それらを無視するかのように、一律に「4度→1度のカデンツ」を付けるのは、音楽面から考察しても不自然です。私自身、その瞬間に、それまで歌ったものが壊されると感じることさえあります。

この課題は、それぞれの教会がこれまでの歩みを踏まえつつ、主体的に確認していくことだと思います。牧師先生方からのご意見、お伺いしたいです。メールはこちらへ。屈託のないお声お寄せ下さい。

かんとーる@うえき

P.S.「讃美歌」と「聖歌」の表記、今日のブログでは併用しました。聖公会では「聖歌」と呼称しているのでのそうしました。一般論的に言及する場合は「讃美歌」「讃美歌集」と表記しました。
posted by かんとーる@うえき at 23:23| Comment(2) | TrackBack(0) | さんびか・・
この記事へのコメント
植木先生

はじめてメールさせていただますぶどうの樹キリスト教会の川端と申します。
過日朝顔教会のオルガンコンサートでお見かけし、質問させていただきます。
教会福音讃美歌には讃美歌380番 たてよいざ立て(Stand up for Jesus)は収録されていないのでしょうか。
ご教示お願い致します。
Posted by 川端聡子 at 2016年06月24日 11:37
川端様、返信遅れまして申し訳ありません。その讃美歌は教会福音讃美歌には収録されていません。讃美歌の選択は難しい課題ですが、序文に書いている編纂方針の元、新たなテーマ等をある程度付加しつつの全体バランスの中での判断となります。
Posted by かんとーる at 2016年07月21日 12:35
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