2012年07月26日

歌うことの本質!?

今日は「賛美歌学」の授業の最終日でした。週2コマの4単位授業。昨年度までが月・木にそれぞれ1コマづつだったのを、今年から木曜に2コマ連続(=180分)での初めての学期でした。今日は最後の「小テストNo.4」と「まとめ」。年によって「まとめ」は様々ですが、今年は「テゼ共同体」の話でまとめとなりました。

「賛美歌学」とは何を扱うのか?この日本語の「賛美歌(讃美歌)」という呼称、19世紀幕末の再開国以来定着した訳語であると思いますが、良訳であると同時に誤解も生む訳かも知れません。「賛美歌学」とはどう定義し得るのか、どこまでの範囲を扱う分野なのか?単に「賛美」と「歌」という二つの概念の合体というだけではアプローチは成立しません。狭義に捉える場合でも、教会で歌う歌の内容は「賛美」だけではないですね。「感謝」「信仰告白」などなどもろもろ。。「賛美歌」はその内容が重要ポイントなのはわかるけれども、とするとこの良訳「賛美歌」は必ずしもその「内容」だけでその範囲を規定しているのではなさそうです。

今となっては、既に過去の事になりました私の留学(1993-2000)当初、私自身この「賛美歌」という用語を探した記憶がありますが、ドイツ語で、日本語の「賛美歌」に意味合い的に相当する包括概念は見当たらなかった、というのを覚えています。ドイツ語では(と言うことは教会史的・音楽史的に・・)、教会の歌を包括する概念は「会衆歌」または「教会歌」でした。

教会の歌に関する日本語の概念は、日本におけるキリスト教と歌との2つの異なる出会いを念頭に、言い換えて定着しているようです。すなわち16Cのイエズス会宣教師によるカトリック・ラテン語聖歌のそれ、そして19C、アメリカからを中心とするプロテスタントの賛美歌です。それらの最大の違いは「歌う主体」の違い、つまり前者は・聖職者、修道士、少年聖歌隊なのに対し、後者は会衆という訳です。「グレゴリオ聖歌」を「グレゴリオ賛美歌」とは言わないことを想うと、そろそろこの「賛美歌」という概念の意味合いがわかってきますね。そう「会衆が歌う歌」が賛美歌学の範囲、というのが基本。ですから必然的に「賛美歌学」は16世紀の宗教改革以降、「会衆が歌う」営みが再生されて以降、展開した分野という訳です。

何か、、書きたいことが少々遠回りになって来たようです。

自分はプロテスタントの信者で、ライフワークは「今日に生きる会衆歌と会衆歌唱」に取り組むこと。。。とこのHPのプロフィールにも書いています。教会が主体となって取り組む課題に参与する、というの私のスタンス。プロテスタントの賛美歌は宗教改革以降、試行錯誤を繰り返してきたと思います。統一の典礼、というのがカトリックのあり方の基本であるとすれば、プロテスタントの歌は本当に多様な展開を見せてきました。それを問い続ける目を教会が養い続けていく必要があります。

ただ、これら賛美歌の多様なあり方に向き合っている中で、ふと思うことがあるのですね。歌う本質は何かなって。「賛美歌学」の授業で言えば初めの頃、旧約聖書にみられる会衆の歌う営み、初代教会における賛美の在り様を思うのです。2000年のキリスト教の歴史を見るならば、会衆が歌った「歌詞」は今私たちが知るような、神学的に吟味され深く多くの内容を包容したものというより、より簡素、単純で、短く限定されたものだったようです。

 「全ての民が、『アーメン』と言え。ハレルヤ。」(詩篇106:48)
 リフレイン「慈しみはとこしえに」(詩篇136)....

迫害下にあった初代教会時代は、更に音楽活動そのものが限定されていたようですし、当時の音楽を知る具体的なソースは少ない。その代わりに(?)と言っては何ですが、新約聖書には、歌う者の「あり方」に対する問いかけが見受けられるます。

  詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。(エペソ5:19)

「賛美歌学」すなわち「会衆歌(教会歌)の意義を解明する営み」は、何やら綿密なアナリーゼ作業(?)のようにも聞こえがちですが、歌うことの本質とは、このような歌う者のあり方において、最も重要な事柄だと思わされるのです。そしてそれが「賛美歌学」の出発点の一つでもあるように思います。それを具体的に「テゼ共同体の歌」に感じるのですね。

より単純な歌、共有するための言葉の選択、言葉の繰り返し、穏やかな音楽、、歌うことによる祈り。。テゼの讃美歌を歌うたび、ここが出発点かも、と思うのです。ちょっと違う言い方してみましょうか。。。讃美歌を、眉間にしわを寄せてではなく、穏やかな心で、共に歌いたいという求めが自分の中にもあるのです。

「讃美歌21」の26,38,42-1,43-1,46,47,48,49,89,112,331に、「教会福音讃美歌」にも223,273,290,291の4曲が収録されています。歌ってみて下さい。。

讃美歌のこと、讃美歌集のこと等、具体的な課題への教会の取り組みに関わっていきます。
だからこそ、歌うその時には「分析」はやめて、心から歌いましょう。

かんとーる@うえき
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2012年05月19日

J.H.シャイン:シオンは言う

今週の授業からエピソードを一つ。

毎木曜日の授業「賛美歌学」は今回「17世紀ドイツの賛美歌」まで来ました。「まぶねのかたえに」(教会福音讃美歌79番)、「血潮したたる」(教会福音讃美歌126番)で知られるパウル・ゲルハルト(Paul Gerhardt, 1607-1676)の時代です。当時の周辺状況、合唱音楽の話です。(ゲルハルトの話はまたいつか。。。)

ヨハン・ヘルマン・シャイン(Johann Hermann Schein, 1586-1630)は、ハインリヒ・シュッツ(Heinrich Schütz, 1585-1627)、ザムエル・シャイト(Samuel Scheidt, 1587-1654)と共にドイツ”3大S”と言われる当時の代表的教会音楽家です。ルターとバッハの中間時代ですね。この頃の合唱音楽は、小編成、協奏曲、聖書を題材等がキーワードです。言葉が染み入るような端正な響きの構築、音言葉と言われる歌詞の音楽書法など。前回書いたドレスデンの礼拝でもシャインの曲が聖十字架合唱団によって歌われました。

これらの楽曲そのものは、聖書の内容・語句に対する深い作曲者の洞察によるものです。同時にこういう音楽が聖書を題材として出てきたことには、いくつかの立体的理由があると思われます。

16世紀の宗教改革以降、プロテスタント教会の音楽家に与えられた至上命題は、単的に言えば、讃美歌(コラール)を編曲すること、つまり会衆にそれを提示し会衆歌唱を助けることでした。オルガンコーラルや合唱曲も会衆に讃美歌(コラール)を提示するために、生まれてきた訳です。約1世紀近く続いた“讃美歌(コラール)を編曲するという至上命題”が、この17世紀に変化したようです。事柄は立体的でいくつかあったと思われますが、今日は音楽史的アプローチで、その”外的要因”の話です。

17世紀ドイツにおける教会音楽の変化の最大の外的要因は、イタリアから流入した音楽の流行(ヴェネチア楽派)でした。器楽と合唱の併用や交互演奏、協奏曲風、モノディー様式等、ソロとアンサンブルがかけ合うような交互演奏、協奏曲が時の音楽の流行。この頃の作曲家の苦労は、元々求められていた「讃美歌(コラール)を扱う」という仕事の中に見受けられます。彼らはコラール旋律と協奏原理の結合を模索した訳ですね。これ大変です。「コラール旋律を元に作曲する」ということは、つまり最初から作曲上の「テーマ」を与えられることに他なりません。“白いキャンパスにゼロから自由に絵を描く”訳にはいかないのです。音楽家達は最初、コラール旋律と協奏原理の結合を模索した。しかし次第にコラールを犠牲にしても協奏原理が追求される傾向になっていきました。ですから楽曲の題材を、韻律が既に決まっているコラールにではなく、聖書の散文テキストに求めようになる。散文ですから音楽的な幅を持たせられる訳です。シャインも後期の作品は聖書のテキストを扱っています。

当時の「教会音楽」を語るには他にも様々な要素があります。しかしこれも事実を立体的に理解し、現実の課題に向き合うための助けにもなると思います。私はシュッツやシャインを聴くたび、激動の時代・変化の時代に思いを馳せます。そして、変わるべきものと変わるべきでないものを洞察し判断する目線を養う必要について考えさせられます。協奏曲風の音楽が教会で始めて鳴った時は、どんなだっただろう?人々の耳にはどう響いたのかな?って想像します。

シャインの代表作「イスラエルの泉(Israelis Brünnlein)」から「シオンは言う。主はわたしを見捨てられた(Zion spricht: Der Herr hat mir verlassen)」 (イザヤ 49;14-16)を聴いてみて下さい。出だし、5声合唱の上3声と下3声のかけ合いで始まります。交互演奏効果、協奏曲的な展開・・。Youtubeでたまたま見つけたものですがドレスデン十字架教会合唱団の演奏です。

シャインはカンツィオナル書法(定旋律最上声部の4声和声)を確立、1616-1630年ライプチヒのトーマスカントールを務めました。バッハの先輩ですね。

という訳で「賛美歌学」授業からのエピソードでした。

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 授業から