2012年05月13日

ドレスデンの礼拝で

『礼拝と音楽 No.153』に「祈りを支える音楽─音楽奉仕者への三つの勧め」と題して書かせて頂きました。「こうこうこういう音楽が祈りを支える」・・などと一般論的に言うことはできません。音楽奉仕者の裏方話的なことを書かせて頂いたのですが、音楽奉仕者への勧めと言っても、読者の方々の教会・教派の礼拝伝統・礼拝書式の違いとその多様性を網羅することはできませんので、共通項を意識しての内容ではありました。

あの原稿を提出してすぐ、私は研究出張でドイツに行き礼拝を複数訪ねました。ドイツの国教会(Landeskirchen)は、それぞれルターの伝統を汲みつつ、地方によって独自性もあります。90年代に私が住んでいたシュツッツガルト近郊の地域は敬虔主義の流れを汲んでいることと、地理的に近いスイス改革派教会の影響もあり説教礼拝として礼拝が発達しました。ある意味、宗教改革当時の教会のリタジーが薄くなったとも言える礼拝です。

ですので、私は今回「時には現場の課題から敢えて離れ、個々の課題のリサーチを深めていく」モードで、ルタ−派発祥地ザクセン州の礼拝を訪ねることとし、2週目の日曜日、ドレスデン十字架教会の礼拝に出席したのです。Johann Speth: Toccata prima を前奏曲に始まり、その前奏曲と共に聖歌隊(聖十字架教会合唱団)が後方から入場し、祭壇前で会衆に向き合って整列。 d-mollの前奏曲をピカール終止D-durで終え、そのまま同調の讃美歌(O, Mensch bewein dein Sünde groß)へ。それに続いて、聖歌隊の合唱が会堂の空間を包みました。

「礼拝における前奏」の起こりは「ミサにおける司祭団入堂の音楽」であったことは歴史が示すことですが、礼拝という場と文脈での出来事として体感することが少なかったと思いました。高い天井の会堂に響き渡る前奏曲、それと共に入場し、会衆歌に続いて歌われる聖歌隊による歌は、会衆を包むと同時に、礼拝司式者が神の言葉を掴み取るための宣言でもある訳です。そのことをこの合唱の響きが会堂という「空間」を包んだ事実と共に改めて再認識しました。礼拝における音楽はその縦の流れ(礼拝式順)における機能と同時に、横の流れ(教会暦)によって福音の恵みを繰り返し想起する。私は礼拝をその“縦横”で考えてはいたつもりでした。しかし、実際の空間、聖歌隊の入場、響きで礼拝を包む、宣言する、、という空間のドラマであることを最近感じとっていなかったと気づきました。

前方祭壇前で会衆に向き合っていた聖歌隊は、気付いた時には(確か説教前に)、高いギャラリー(会衆の後方)に上がっていました。説教後の合唱は、会衆の見えない上方後方からの「応答」で包みました。その場にいたことを想像して下さい。礼拝はある意味、空間でありドラマであることがわかると思います。

かんとーる@うえき
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