2012年07月26日

歌うことの本質!?

今日は「賛美歌学」の授業の最終日でした。週2コマの4単位授業。昨年度までが月・木にそれぞれ1コマづつだったのを、今年から木曜に2コマ連続(=180分)での初めての学期でした。今日は最後の「小テストNo.4」と「まとめ」。年によって「まとめ」は様々ですが、今年は「テゼ共同体」の話でまとめとなりました。

「賛美歌学」とは何を扱うのか?この日本語の「賛美歌(讃美歌)」という呼称、19世紀幕末の再開国以来定着した訳語であると思いますが、良訳であると同時に誤解も生む訳かも知れません。「賛美歌学」とはどう定義し得るのか、どこまでの範囲を扱う分野なのか?単に「賛美」と「歌」という二つの概念の合体というだけではアプローチは成立しません。狭義に捉える場合でも、教会で歌う歌の内容は「賛美」だけではないですね。「感謝」「信仰告白」などなどもろもろ。。「賛美歌」はその内容が重要ポイントなのはわかるけれども、とするとこの良訳「賛美歌」は必ずしもその「内容」だけでその範囲を規定しているのではなさそうです。

今となっては、既に過去の事になりました私の留学(1993-2000)当初、私自身この「賛美歌」という用語を探した記憶がありますが、ドイツ語で、日本語の「賛美歌」に意味合い的に相当する包括概念は見当たらなかった、というのを覚えています。ドイツ語では(と言うことは教会史的・音楽史的に・・)、教会の歌を包括する概念は「会衆歌」または「教会歌」でした。

教会の歌に関する日本語の概念は、日本におけるキリスト教と歌との2つの異なる出会いを念頭に、言い換えて定着しているようです。すなわち16Cのイエズス会宣教師によるカトリック・ラテン語聖歌のそれ、そして19C、アメリカからを中心とするプロテスタントの賛美歌です。それらの最大の違いは「歌う主体」の違い、つまり前者は・聖職者、修道士、少年聖歌隊なのに対し、後者は会衆という訳です。「グレゴリオ聖歌」を「グレゴリオ賛美歌」とは言わないことを想うと、そろそろこの「賛美歌」という概念の意味合いがわかってきますね。そう「会衆が歌う歌」が賛美歌学の範囲、というのが基本。ですから必然的に「賛美歌学」は16世紀の宗教改革以降、「会衆が歌う」営みが再生されて以降、展開した分野という訳です。

何か、、書きたいことが少々遠回りになって来たようです。

自分はプロテスタントの信者で、ライフワークは「今日に生きる会衆歌と会衆歌唱」に取り組むこと。。。とこのHPのプロフィールにも書いています。教会が主体となって取り組む課題に参与する、というの私のスタンス。プロテスタントの賛美歌は宗教改革以降、試行錯誤を繰り返してきたと思います。統一の典礼、というのがカトリックのあり方の基本であるとすれば、プロテスタントの歌は本当に多様な展開を見せてきました。それを問い続ける目を教会が養い続けていく必要があります。

ただ、これら賛美歌の多様なあり方に向き合っている中で、ふと思うことがあるのですね。歌う本質は何かなって。「賛美歌学」の授業で言えば初めの頃、旧約聖書にみられる会衆の歌う営み、初代教会における賛美の在り様を思うのです。2000年のキリスト教の歴史を見るならば、会衆が歌った「歌詞」は今私たちが知るような、神学的に吟味され深く多くの内容を包容したものというより、より簡素、単純で、短く限定されたものだったようです。

 「全ての民が、『アーメン』と言え。ハレルヤ。」(詩篇106:48)
 リフレイン「慈しみはとこしえに」(詩篇136)....

迫害下にあった初代教会時代は、更に音楽活動そのものが限定されていたようですし、当時の音楽を知る具体的なソースは少ない。その代わりに(?)と言っては何ですが、新約聖書には、歌う者の「あり方」に対する問いかけが見受けられるます。

  詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。(エペソ5:19)

「賛美歌学」すなわち「会衆歌(教会歌)の意義を解明する営み」は、何やら綿密なアナリーゼ作業(?)のようにも聞こえがちですが、歌うことの本質とは、このような歌う者のあり方において、最も重要な事柄だと思わされるのです。そしてそれが「賛美歌学」の出発点の一つでもあるように思います。それを具体的に「テゼ共同体の歌」に感じるのですね。

より単純な歌、共有するための言葉の選択、言葉の繰り返し、穏やかな音楽、、歌うことによる祈り。。テゼの讃美歌を歌うたび、ここが出発点かも、と思うのです。ちょっと違う言い方してみましょうか。。。讃美歌を、眉間にしわを寄せてではなく、穏やかな心で、共に歌いたいという求めが自分の中にもあるのです。

「讃美歌21」の26,38,42-1,43-1,46,47,48,49,89,112,331に、「教会福音讃美歌」にも223,273,290,291の4曲が収録されています。歌ってみて下さい。。

讃美歌のこと、讃美歌集のこと等、具体的な課題への教会の取り組みに関わっていきます。
だからこそ、歌うその時には「分析」はやめて、心から歌いましょう。

かんとーる@うえき
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2012年07月18日

パイプオルガン導入事始め

6/7に「楽器を育てる」と題して書きましたが、今回はより実際的な話。パイプオルガン導入の最初の一歩「礼拝堂とオルガン」についてです。

教会でのパイプオルガン導入、、今まで何度か相談を受けてきました。それぞれにそれぞれの事情やタイミングがあり様々でした。教会で何年もかけてビジョンを積み上げ、オルガン献金を行ってきた教会。または、会堂建築と共にオルガン献金をしているが、電子オルガンでなくパイプオルガンについても調査してみたい、というところから始めた教会もありました。

最初の一歩は、どんなきっかけでも良いと思うのです。気をつけて頂きたいことがあるとすれば、「パイプオルガンでなければいけない」「パイプオルガンが礼拝に最もふさわしい楽器」というアプローチを止めることでしょう。聖書に「最も良い楽器」など書かれていません。「どの楽器がふさわしいか」ということは目的・文化・文脈等において問い続けていく課題であり、まして楽器に優劣をつけるようなことはマイナスです。「楽器を育てる」視点、「教会に与えられた楽器」が出発点だと思います。

今日はより具体的なこと。特に礼拝堂との関係において、どのようにパイプオルガン導入へのプロセスを進めるかについて、私が経験した3つの例から「パイプオルガン導入事始め」について考えてみます。

私がこれまでパイプオルガンの導入に関わったのは3度、最初は自分の所属教会である朝顔教会ででした。会堂の新築や改築はテーマとしてなく、オルガンの老朽化という状況で楽器の買い替えの必要からのことでした。パイプオルガンの設置場所として、それまでとは違う礼拝堂正面右側を可能性の一つとして議論はしましたが、最終的にはそれまでと同じ中央に設置する方向に落ち着きました。会堂の年数等、楽器や教会音楽というテーマだけでなく、教会のより大きな時間スパンでの歩みを見据え、会堂については将来のビジョンに委ねる必要があるとの判断からでした。オルガンが礼拝堂正面中央に設置、というのは確かにベストではありません。正面中央、というのは人が自然に視線と想いを向ける方向です。ですから教会建築の歴史では、中央に聖餐卓や聖書を置いてきました。この場合は、しかしそこから議論はできません。中央に設置されたオルガンのケースを伽藍のようにデザインすることによって、会衆の想いが"パイプ"にいかずに落ち着くことができたと思います。

2度目は勤務先の桜美林大学。チャペルを新築するにあたっての新しいパイプオルガンの導入でした。オルガン選定に入る前、チャペルの設計図は既にできていました。幸いなことに、オルガン設置場所の裏にモーターやふいごを設置するための機械室が既に設計されていました(中には、モーターやふいごもオルガンケースの中に一緒に入れる、というこだわりを持つオルガンビルダーもいるかも知れませんが。)。オルガンの設置場所は中央から聖壇に向かって、右斜め前方上方のギャラリー上に設計されていました。右というのは理にかなっています。オーケストラではポジティフオルガンは通層低音グループのチェロ、コントラバスの近くで右側。2階ギャラリーはオ−ケストラからは遠いですが、年に1,2度のそのようなコンサートより、普段の礼拝に優先順位を向けるということ。礼拝以外の大学の催し等をも考慮に入れるならば、ギャラリー後方の"会衆歌唱応援型"設置とすると、用途がある意味限られる。教育機関として絶妙な設置場所だったと言えるかも知れません

3度目は札幌のK教会。K教会は長年パイプオルガンへのビジョンを語り、祈り、捧げて来られた教会です。会堂の設計とオルガンを並行して行うことができました。ですから、オルガン設置場所も、議論の上で会堂を設計した訳です。パイプオルガンは正面に向かって後方の2階ギャラリー中央の後ろの壁に設置されました。前か後ろか、ビジョンの優先順位によって考えることができます。少し単純化過ぎるかも知れませんが、宣教→コンサート→パイプオルガン前方設置、礼拝→会衆歌唱伴奏→パイプオルガン後方ギャラリー上など。勿論その双方を上手にコーディネートする教会設計もあり得ると思います。

実際的、物理的な要件の話ではあります。しかしだからこそ、ビジョンを語り共有するプロセスを経ることは重要です。大きなビジョン(礼拝、宣教etc)を見据えつつ、具体的ビジョン(会衆歌唱、演奏レパートリー規模)を語り、それを礼拝堂という空間とすり合わせていく。会堂建築と並行して進めることができるとすればそれはベスト。礼拝堂は現状という条件下でならそのように。しかし老朽化した(?)壁素材などと、一部調整できる余地もあったりして。

それぞれの特有の条件下であっても、「礼拝堂とオルガン」を"3次元の目"で考えられると次のステップが見えてくるかも知れません。

でも、具体的な話になればなるほど、大きなビジョンの中のどこに自分達がいるかを確認しつつ進めるように。

かんとーる@うえき
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2012年06月29日

久しぶりに

ブログ少し間が空いてしました。教会音楽な毎日を送っている私なのですが、教会音楽するためのその周りの営みが少々忙しかったという感じでしょうか。でも、それも教会音楽の内ですね。

少々書き込みできなかった間の“教会音楽”な二つの出来事をご報告をします。

桜美林大学のオラトリオプロジェクト2012、私にとって“久しぶりのバッハ”には、55名ほどの合唱参加者が集いました。6/15(金)の初練習は「主の人の望みの喜びよ」コラールではなく、カンタータ147番の冒頭合唱で練習開始!「古典派を歌うのとは違いますよ。心して取り組みましょう!」モードで開始です。これから5か月間、合唱参加者の皆さんと楽しみ、苦しみ(?) ながら、いややはり喜んで!取り組んでいきます。

6/18(月)は、福音讃美歌協会の年次総会でした。私は所属教派、日本福音キリスト教会連合の代議員として出席しました。総会が行われるのは毎年、7月の平日。ここ数年出席できませんでしたが、久しぶりの出席です。福音讃美歌協会が発足した頃のことを想い感慨深かったです。発足前、日本福音キリスト教会連合内で、かなり議論・意見交換をしたのを思いおこします。当時、私は朝顔教会の音楽主事で、各地区の教職者会に赴いては牧師先生方と喧々諤々話しこみました。「加盟教会の礼拝観・伝統が異なるのだから、讃美歌集をつくるのは難しい・・」「でも、それは礼拝の責任放棄にならないか・・」。際どいやりとりがあったことも思いおこしますが、今思うとそれも必要なプロセスだったな、と思います。「教会福音讃美歌」は一か月後、7月下旬に発行です。次はこの歌集を教会の現場が使っていく時です。協会立ち上げに関わった者の一人として感慨深いものがありますが、これからこの讃美歌集を使っていくということは、既にそれを見直していくプロセスが始まるということですね。「教会福音讃美歌」を手に取られたら、どうぞご感想、ご意見、ご質問、ご批判等、お声をお寄せ下さい。まもなくキリスト教書店に並びます。

かんとーる@うえき
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2012年06月14日

いよいよバッハ

バッハ(J.S.Bach)を話題にするのは初めてです。ドイツで教会音楽を学んだ者ですので、当然バッハには数えきれない程の想いと言葉が私にもあります。指揮者として指揮台に立つ時、やはり自分は「バッハが一番しっくり来るな」とも感じます。2000年にドイツから帰国して以降、演奏会等で指揮をした楽曲としても、バッハはよく取り上げました。前回「自分が指揮をしたバッハは?」と思い調べてみたのですが、これが結構前の2008年の5月で、演奏した曲はモテット「来たれ、イエスよ、来たれ」(BWV229)と、カンタータ70番 「目を覚まして祈れ」、カンタータ93番 「ただ愛する神にすべてを委ね」でした。自分でもこんなに何年もバッハを演奏会で振っていなかったとは少々驚きでした(歌ったり、弾いたりはしていますけど)。

という訳で、以外にも久しぶりに今年、バッハのプログラムに取り組むのです。カンタータ147番「心と口と行いと生活を持て」と、マニフィカート ニ長調(BWV243)、合唱練習は明日6/15(金)開始。桜美林大学で毎年5か月間の時限プロジェクトとして行っているオラトリオプロジェク2012で取り上げます。この2曲を取り上げたのは、今回“マリア”をテーマとしたためです。前者はエリサベツ訪問の祝日のための曲、コラール「主よ人の望みの喜びよ」が挿入されている曲として知られていますね。後者は、ルカの福音書1:46-55のマリアの賛歌がテキストです。

書いた後で注釈する、のが最近の癖のようになっているようで恐縮なのですが。。。さりげなく“久しぶりに”取り組む、と書いたのはその通りなのですが、どこかで自分の中に“いよいよバッハ”という想いがあるのも事実なのです。これまで3年間、このプロジェクトでは意識的に古典派を取り上げてきました。ハイドン:大オルガンミサ曲、モーツァルト:レクイエム、ハイドン:オラトリオ「天地創造」と積み上げてきました。合唱がゼロからのスタート、響きを醸成していくことも念頭に珠玉の名曲に取り組み、その奥深さに出会っていく、楽曲の難易度アップは合唱の響きの醸成と両輪でもあります。3年目のオラトリオ作品「天地創造」で古典派作品への取り組みを一つの節目とし、その次の年はバロック時代の作品から取り上げようと考えていました。“いよいよバッハ”というのは、バッハを演奏するのに、合唱に3年間という時間が必要だった(時限プロジェクトですが一定の積み上げができてきました)こととあわせ、プロテスタント礼拝という文脈での音楽について造詣を深め、実際の演奏を通じその意義に出会っていきたいという想いからでした。

今後このブログで時折、作品について、練習の様子、バッハの様子(!)等、レポートしていくつもりです。

今日、大学の研究所の研究会で、同僚の先生が「母なるもの」というアプローチの発題をして下さいました。マニフィカートに関連する内容です。そこでリラ・プレカリアというミニストリーから次のような言葉を引用し紹介して下さいました。

  バッハは神の言葉を与えてくれた、
  モーツァルトは神の笑いを与えてくれた、
  ベートーベンは神の熱情を与えてくれた、
  神は音楽を与えてくれた、わたしたちが言葉なしで祈れるように(作者不詳)。

私が日常関わり接する音楽、自分にとって使命であり仕事でもある中で、時には理詰めになっていなかったかな、とふと思いました。これは一つの主観的な表現だとも思いますが、神の賜物としての音楽を感謝を持って率直に言い表していると思います。表現が妥当かどうかは別にしても、神の賜物としての音楽を感謝し喜ぶあり方を、今一度自分に語られたように読みました。

バッハが与えてくれた神の言葉としての音楽を、今に生き、歌う者と聴く者に語られるものとして、これから5か月間感謝し喜びながら向き合っていきたいと思います。

最後にご案内。。。まだ参加申込受付中です。高校生以上ならどなたでも。こちら→桜美林大学オラトリオプロジェク2012へどうぞ。

かんとーる@うえき
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2012年06月12日

神学校で

学会、教会福音讃美歌入稿、大学でオルガンコンサートなど、、たて続けに「教会音楽な日々」でした。

個人的に感慨深かったことがありますが、一昨日、お茶の水聖書学院での「教会福音讃美歌発行セミナー」に講師としてお招きを頂いたことでした。何が感慨深かったかと言うと、自分が大学教員になる以前の仕事のフィールドだった、ということです。現場の音楽奉仕者の悩みとか、問題意識をまさに自分の課題と感じました。そしてもう一つは、神学校という場だったこと。植木との接点が最近の方や、学生達は知らないかも知れませんが、植木は以前神学校の教師だったのですね。今でも毎年一度、札幌に仕事に行く際、北海道聖書学院で奉仕させて頂くことがありますが、自分の住む東京の神学校で奉仕だったということで、少々感慨深かったのです。

「『今日に生きる会衆歌と会衆歌唱』が私のライフワーク」とHPのプロフィールに書きました。音楽主事時代に讃美歌について共に議論し分かち合ってきた教派の教職の先生方とは、讃美歌へのビジョンを意識の深いところで一緒に負っている、という感覚があります。賛美歌学、教会音楽を研究し、大学でそれを展開することを通し、今後もその教会の営みを後押しさせて頂きたいと思っています。でも、具体的なことを担うのは教会ですね。「礼拝と讃美」の諸課題、聖書神学し歴史神学し実践神学しなくてはいけません。聖書を軸足に、聖徒達の営みと背中に学びつつ、そして現実の課題に具体的な提案をしていく責任が教会にはあります。この「具体的な提案」に、これまで私達の教会は及び腰だったと思うのです。「讃美歌集」はまさに、この具体的な提案の最たるものですからね。

「今日に生きる会衆歌と会衆歌唱」を想うと、神学教育への期待は大きいと思います。教会自身が礼拝神学に取り組むための序論、健全な礼拝学・讃美歌学へのアプロ−チ方法を、神学生・教職者そして礼拝に関わる奉仕者が学んでいく必要があるでしょう。讃美歌集を礼拝を構成するための讃美歌集して使用していくための、前提であり展開であり、同時にそのあり方へのフィードバックのためにです。

筆が滑って(?)「健全な礼拝学・讃美歌学」などと書いてしまいました。おそらくそれは、いかに確固たる主張が語られるか否かよりも、いかに“教会を主語”として取り組み問い続けていくことができるかという“力”かと思います。その“力”とは、自己批判力に裏付けされた、ある意味、柔軟さなのかな、と。

自分が考え、語る時にこそ、その自己批判の目と柔軟さで語れるようにと思います。

かんとーる@うえき
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2012年06月07日

楽器を育てる

「教会と楽器」と言われて、思い浮かべる楽器は何でしょうか? それぞれの立ち位置、各教会のビジョンによって様々だと思います。

「礼拝にとってふさわしい楽器」という問は、礼拝と音楽に向き合うことにおいて至極当然のテーマの一つですが、何が「ふさわしいか」というアプローチが先に来てしまうと、その問いかけそのものが妥当なのかどうかは後回しに「ふさわしい楽器は何だろう・・」という規定路線に乗ってしまい、さてどう考えたら良いのか空回りしてしまったりもするかも知れません。

ことは「礼拝にとってふさわしい楽器」を聞いている訳です。とすると、その前提の「礼拝」をどう理解するかによって「ふさわしい楽器は」変わる、という当たり前のことに気づきます。ということは、やはりこの問を問うということは、まず、その前提であり展開である「礼拝」を問うことから始まるということになるのでしょう。当たり前の国語の勉強のようですね(^^;; 

でも結構この当たり前のことが脇におかれ、楽器というある意味「現実的な課題」は教会の状況によって様々である筈なのに、礼拝を問うことはせず、もっともな議論を展開しているようで、実は主張したい楽器のため、人それぞれが脳裏に「ふさわしい」と思っている「楽器」を主張したり、ということにもあったりするのではないかと思います。

私は「教会と楽器」を考える出発点は「今、教会に与えられている楽器」。そしてそれを「教会の目的に沿って用い、育てていく」視線だと思っています。

パイプオルガンも元々教会の楽器ではありませんでした。教会での設置もキリスト教的動機ではなかったようです。7世紀、ビザンチン宮廷で皇帝の入退場に移動式のオルガンが奏されたという記録。8世紀にドイツ宮廷で皇帝の入場行進に受け継がれます。皇帝が市中の教会を訪れるような機会にも同様に、オルガンによる入退場の音楽が奏される。この習慣が、同じ教会堂で司祭がミサに“入退場”する際にも受け継がれていく。10世紀頃には移動式ではなく教会堂に設置された大オルガンが登場します。そのように習慣が受け継がれ、礼拝の前奏と後奏という音楽が定着した訳です。元々「移動式の楽器」だった、ということは屋内でどう響くか考えられてはいなかったでしょう。その証拠に教会堂に持ち込まれた当初「その粗雑な音に人々は耳をふさいだ」という記録がある位ですから。

パイプオルガンの話がここで終わり?だとしっくりしませんね。今一度「今、教会に与えられている楽器」が出発点、というのは私の嘘偽りないスタンス。そこに立ちつつパイプオルガンについては一言言わなければなりません。普遍的に客観的に「ふさわしい楽器」な訳はないですね。でも、注目すべきなのは「教会が、礼拝とその場にふさわしく育て、整えてきた楽器」の代表例、と言うことはできるでしょう。もっと積極的に言うならば、結果的に、そしておそらく摂理的に「教会が育てた楽器」となったと言えるでしょう。

「教会にとってパイプオルガンはふさわしい楽器か?」と問われる時、私はその問に真正面からは答えず、その歴史的経緯と個人的な想いも込めて、「なかなか良い楽器」と答えることにしています。

そのニュアンスを汲み取って頂けると「教会と楽器」について考える助けになるかと思います。「今、与えられている楽器」が出発点、しかしそこで留まらず「最良の捧げもの」としての「讃美」のため、「楽器」を「礼拝」という行為と場とにおいて育てていく、と言う視点。。

かんとーる@うえき
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2012年05月30日

「教会福音讃美歌」入稿!

「教会福音讃美歌」。聞きなれない讃美歌集の名前だと思いますが、今日はご報告を兼ねてここにお分かちをします。

2005年に設立された福音讃美歌協会編による、間もなく刊行予定の讃美歌集です。福音讃美歌協会は複数の教団・教派を“正会員”とし、多くの各個教会や個人の“賛助会員”の支援の元、“準会員”である出版社、いのちのことば社と協力して事業を行うという運営をしています。
現在の正会員教派は日本同盟基督教団、日本福音キリスト教会連合、インマヌエル綜合伝道団の3者。私は設立時に理事を務め、現在は讃美歌委員として奉仕しています。

そもそも何故、この福音讃美歌協会が設立したかにはいくつかの背景がありますが、大きくは礼拝と讃美の課題の前に、そのことにきちんと取り組んで来なかったことへの反省と、自ら取り組まなければならないことへの前進があったためでした。

さて、この「教会福音讃美歌」。本来ですと5月発行予定だったものが更に遅れ7月下旬となりました。書店に並ぶのは8月に入ってからになります。。。とここまで書くと、関連教会の皆さんは「でも、また遅れるんじゃない?」と思われるでしょうか。今回の8月というタイミングはもう変わりません。

讃美歌選定、翻訳、編曲等の作業は昨年終わっておりまして、年が明けてからは讃美歌の中身に関する校正作業を行っていました。校正は讃美歌委員会といのちのことば社の間を3順ほどしました。私が担当するドイツもの部分においても、つい先日、最後の校正を出しました。そして全ての校正が終わり、昨日昼、無事印刷所に入稿したのです。

今後は讃美歌の中身ではなく、紙ベースであがってくる装丁等の校正のみです(xxxページの右上に埃の影がある。。などなど)。

覚え、支え、祈って待っていて下さる諸教会と皆様に、一委員の立場としてですがご報告いたします。

本来、「教会福音讃美歌」の刊行時期に合わせ日程設定した「教会福音讃美歌」発行記念セミナーに、実際の讃美歌集は間に合いませんが、セミナーでは、その中身の一部を印字し受講生の皆さんが手に持ち学べるよう、福音讃美歌協会理事会で手続きを既に取ってあります。

どうぞ、既に関わりにある諸教会、そしてこの讃美歌集に興味をお持ちの諸教会の皆様、「教会福音讃美歌」発行記念セミナーにおいで下さい。そして教会福音讃美歌の8月刊行を迎える準備をして頂ければ感謝です。

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 11:21| Comment(0) | TrackBack(0) | さんびか・・

2012年05月27日

安部正義。。。

週の半ばに書こうと思いつつ、一週間が過ぎてしまいました。私はこの週末、キリスト教礼拝音楽学会の大会のため福岡にいました。

大会ではいくつかのテーマが扱われましたが、シンポジウムは「安部正義のオラトリオ『ヨブ』」についてで、とても興味深い発表でした。日本人による日本語の最初のオラトリオです。安部正義の曲で一番身近だと思われるのは、おそらく由木康作詞よる讃美歌「まぶねの中に」の作曲者としてでしょう。1891年生、1974年召天。その時代を思うと、このようなオラトリオが日本で存在していたということそのものが驚きでした。作曲が1931年〜1945年という期間ですから、どのような激動の時代だったかおわかりでしょう。

作風はメンデルスゾーン風、「まぶねの中に」のテーマも現れます。基本、礼拝という枠での使用を想定したものではないオラトリオですが、このオラトリオの礼拝における使用案の試みも発表されました。。。

と言う訳で、今日は携帯端末から短い出張報告(!?)で失礼致します。

新しい週が始ります。どこかで植木と接点のある方々には“時の話題”が、そろそろ出てきそうです。
「教会福音讃美歌」、そして「桜美林大学オラトリオプロジェクト2012」、、。

近々、それらへのビジョンと想いを綴っていきたいと思います。

かんとーる@うえき
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2012年05月20日

リニューアル裏話

Hp&Blogのリニューアル裏話。

実はリニューアル以降、少しづつ手を入れてきました。まずはある日突然“PROFILE”が増え、メニュー4つだったものを5つにしました。今日は朝の時点では「聖書の言葉」は“ABOUT”の下部に、それを夕方に“Blog”右上へ移動で落ち着きました。

ブログの記事はかなり書き下ろし的に投稿しているので、さりげなく次の日に日本語の掃除したりしています。“EVENT”の日時に曜日を入れました。曜日がないとイメージがわきません。。。あんどなどです。

何かお気づきのことありましたら、お知らせ下さい。改善できるものから手を入れようと思います。でも基本、中身だと思うので、あまり懲ろうとは考えていません。「教会音楽」に関わる課題について、現場と共有していきたい、というのが趣旨ですので。

一つ、自分がこのHpで気に入っていることがありますが、それは教会の写真です。これ小さな教会の模型を写真で取ったものです。何年も前から、いつかHPをリニューアルする時は、教会の写真をクリックしてHPに入るTOPページをイメージしていました。なかなか私のイメージに合う写真がなかったのですが、今回見つけたのです。

この教会の写真、私のお気に入りです。「教会音楽」を考えると言っても、教会の現場には、様々な幅の違う課題があると思います。ドレスデンのように歴史と伝統にずっしり立っている教会もあれば、数人で礼拝を守る伝道所もある。私も高校生の頃、自分の教会の伝道所がアパートの一室を借りて始めた礼拝で、奏楽の奉仕をしました。この小さな教会はある意味私の原点でもあるのです。

「2人でも3人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」
(聖書:マタイ18:18)

かんとーる@うえき
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2012年05月19日

J.H.シャイン:シオンは言う

今週の授業からエピソードを一つ。

毎木曜日の授業「賛美歌学」は今回「17世紀ドイツの賛美歌」まで来ました。「まぶねのかたえに」(教会福音讃美歌79番)、「血潮したたる」(教会福音讃美歌126番)で知られるパウル・ゲルハルト(Paul Gerhardt, 1607-1676)の時代です。当時の周辺状況、合唱音楽の話です。(ゲルハルトの話はまたいつか。。。)

ヨハン・ヘルマン・シャイン(Johann Hermann Schein, 1586-1630)は、ハインリヒ・シュッツ(Heinrich Schütz, 1585-1627)、ザムエル・シャイト(Samuel Scheidt, 1587-1654)と共にドイツ”3大S”と言われる当時の代表的教会音楽家です。ルターとバッハの中間時代ですね。この頃の合唱音楽は、小編成、協奏曲、聖書を題材等がキーワードです。言葉が染み入るような端正な響きの構築、音言葉と言われる歌詞の音楽書法など。前回書いたドレスデンの礼拝でもシャインの曲が聖十字架合唱団によって歌われました。

これらの楽曲そのものは、聖書の内容・語句に対する深い作曲者の洞察によるものです。同時にこういう音楽が聖書を題材として出てきたことには、いくつかの立体的理由があると思われます。

16世紀の宗教改革以降、プロテスタント教会の音楽家に与えられた至上命題は、単的に言えば、讃美歌(コラール)を編曲すること、つまり会衆にそれを提示し会衆歌唱を助けることでした。オルガンコーラルや合唱曲も会衆に讃美歌(コラール)を提示するために、生まれてきた訳です。約1世紀近く続いた“讃美歌(コラール)を編曲するという至上命題”が、この17世紀に変化したようです。事柄は立体的でいくつかあったと思われますが、今日は音楽史的アプローチで、その”外的要因”の話です。

17世紀ドイツにおける教会音楽の変化の最大の外的要因は、イタリアから流入した音楽の流行(ヴェネチア楽派)でした。器楽と合唱の併用や交互演奏、協奏曲風、モノディー様式等、ソロとアンサンブルがかけ合うような交互演奏、協奏曲が時の音楽の流行。この頃の作曲家の苦労は、元々求められていた「讃美歌(コラール)を扱う」という仕事の中に見受けられます。彼らはコラール旋律と協奏原理の結合を模索した訳ですね。これ大変です。「コラール旋律を元に作曲する」ということは、つまり最初から作曲上の「テーマ」を与えられることに他なりません。“白いキャンパスにゼロから自由に絵を描く”訳にはいかないのです。音楽家達は最初、コラール旋律と協奏原理の結合を模索した。しかし次第にコラールを犠牲にしても協奏原理が追求される傾向になっていきました。ですから楽曲の題材を、韻律が既に決まっているコラールにではなく、聖書の散文テキストに求めようになる。散文ですから音楽的な幅を持たせられる訳です。シャインも後期の作品は聖書のテキストを扱っています。

当時の「教会音楽」を語るには他にも様々な要素があります。しかしこれも事実を立体的に理解し、現実の課題に向き合うための助けにもなると思います。私はシュッツやシャインを聴くたび、激動の時代・変化の時代に思いを馳せます。そして、変わるべきものと変わるべきでないものを洞察し判断する目線を養う必要について考えさせられます。協奏曲風の音楽が教会で始めて鳴った時は、どんなだっただろう?人々の耳にはどう響いたのかな?って想像します。

シャインの代表作「イスラエルの泉(Israelis Brünnlein)」から「シオンは言う。主はわたしを見捨てられた(Zion spricht: Der Herr hat mir verlassen)」 (イザヤ 49;14-16)を聴いてみて下さい。出だし、5声合唱の上3声と下3声のかけ合いで始まります。交互演奏効果、協奏曲的な展開・・。Youtubeでたまたま見つけたものですがドレスデン十字架教会合唱団の演奏です。

シャインはカンツィオナル書法(定旋律最上声部の4声和声)を確立、1616-1630年ライプチヒのトーマスカントールを務めました。バッハの先輩ですね。

という訳で「賛美歌学」授業からのエピソードでした。

かんとーる@うえき
posted by かんとーる@うえき at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 授業から